夜になるとそっと開く、本八幡の文具店ぷんぷく堂。「”あれが欲しい”ではなく、”何があるかな”とワクワクしてほしい」
千葉県市川市の中心、行政や商業機能が集まるまち本八幡。駅の周囲には商店街や駅ビルが立ち並ぶ一方、京成本線の線路を跨げば「千葉の鎌倉」と異名がつくほど、風情ある住宅街が広がります。
そんな家々の連なりの一角に、夕方5時を回ると赤提灯に明かりが灯る一軒のお店があります。夜のなかに赤々と光る様子は居酒屋を思わせますが、実際に店内に並んでいるのは店主の櫻井有紀さんが仕入れた文房具の数々です。
扉の小窓からは流れるように走る京成本線が見える。
意図的に夜開店としたのではなく、櫻井さんが日中に別の雑貨店を手伝っていたため、遅くの営業になったというぷんぷく堂。しかしそんな偶然から、結果的に「夜開く文具店」として有名になっていったそうです。
▼ 目に入りやすい商品は、人の記憶に残らない。「引き出しを使って、お客さんにアクションを求める」
この店の最大の特徴は、店内に設置された“引き出し”の多さ。一般的な小売店では、引き出しはストッカー(在庫入れ)として機能しますが、ぷんぷく堂では、なかに商品が入っています。
陳列された商品もありながら、引き出しのなかに隠れた商品もある。この発想は、櫻井さんの消費者行動に対する分析の結果、生まれたものでした。
櫻井さんはこのことについて、人間の“意識”をキーワードに語ってくれました。
「目に入りやすい、つまり陳列された商品ていうのは、じつはお客さんにとっては、見逃しやすい商品なんです。人の脳は無意識に“自分の好きなもの”を探すようになっているので、そうでない商品は目に入っても意識までは届かないんです」
大量に鉛筆をストックしていたことから文具店を開店したという櫻井さん。旦那さんと共同で運営しているそう 。
「つまり、見ているようで見ていない。見ていても記憶に残らない。でも、引き出しの中に入っていれば、お客さん側にアクションが求められる」
「開けて、見る。驚く、閉じる。この動作の過程で、そこにある商品がお客さんの意識の中に入り込んでくるんですね」
さらに引き出しに入っている商品は、猫の柄が描かれていたり、食べ物の形をしていたり、目を引くものばかり。普段文房具に縁がない人も、興味を持ってくれるのだそうです。このような商品選定の基準も、櫻井さん独自のものでした。
さまざまな色・形の商品が並んだ店内。「これは何?」と思わず聞いてしまいたくなる文具が数々。
文房具は“人並みに“好きだという櫻井さん。はじめは「文具店をやりたい」ではなく「店をやりたい」だったそうで、たまたま持っていた大量の鉛筆を売るために、文具店をはじめたといいます。
しかしいまでは、この“人並み”であることが、この店の人気やブランドに繋がっていると語ってくれました。
「私は限りなく素人目線で、文房具を仕入れてるんです。『この紙の質は…』といった専門的な観点ではなく、『かわいい!』『触りごこちがいい』といったような直感、私のときめくものだけを選んでいます」
「店を営む側が詳しすぎちゃうと、お客さんとのあいだに乖離が生まれちゃう。店主が機能性だけで選ぶと、お客さんもその視点からでしか選べなくなります」
視線を漂わせていると思わず目を留めてしまう、愛らしいデザインの文具が多数。
お客さんには「私の部屋」に来てもらっている感覚だと話す櫻井さん。このように、すべて自身の主観に委ねられて形成された空間だからこそ、他から与えられる情報、例えば文具雑誌のようなものは読まないようにしていると、櫻井さんは話します。
「テレビとか雑誌で、『文房具人気ランキングTOP10』『最新商品情報』みたいなのよくありますよね。ああいうのは一切見ません。それは、私の“目利きアンテナ”が誤作動を起こさないためなんです」
「そういうのを見て『あ、売れそうだな』と思ったものは、大抵うちでは売れないんです。素人と同じくらいの目利きの私が、素人目線でうちの商品をお客さんに説明する。この過程が”ぷんぷく堂”なんです」
一般的な文房具市場とは一線と引いた「ぷんぷく堂」という独立市場。それは櫻井さんの部屋そのものであり、だからこそお客さんからの「これ置いてほしい」というオーダーも基本的にはお断りするそうです。
▼ 「なくなったから買いに行く」ではなく、目的なくふらっと入れる”居酒屋”のような場所でありたい
本八幡に住むぷんぷく堂ファンの小学生が、一から手作りで作製したぷんぷく堂模型。
通信販売が増え、また大手量販店での扱いが増えてきた文房具市場。こうした背景に加え、後継者不足などで、いわゆる「まちの文具店」のような個人経営の店は減退してきたといいます。
そうしたなか、このぷんぷく堂がそんな「まちの文具店」に近い存在かもしれないと、櫻井さんは話します。
「時代に関係なく、古い文房具も置いてるので、鉛筆なんかを手にとって『私、まちの文具店さんよく行ってたなあ』なんて言ってくれる人もいます」
いまも多くの鉛筆が置かれ、そこから派生してノートや、付箋など、鉛筆に関わるものが多くある。
「この店に置いてある商品は、基本的に他の文具店で売られている商品です。だから他の店が再現しようと思えばできちゃう。でも店主のキャラクターだったり、空気感だったり、統一感のない商品だったり、そうしたオリジナリティが『まちの文具店』なのかなって」
「文具店て、例えばセロハンテープがないから買いに行く、とか特定の目的を持って足を運ぶ場所だと思うんです。でもこの店やまちの文具店って、そういう目的なしに『なんか面白いものないかな』っていう軽い気持ちで寄っていく側面があると思うんです」
「何の店だろう?」と扉の小窓から覗く人も多い。
学校帰り、会社帰りなど、ぷらっと「ガス抜き」のような感覚で寄ってほしいと話す櫻井さん。軒先の赤提灯に象徴されるように居酒屋やバーのように、自宅までのちょっとした息抜き地点として活用してもらえればと話します。
このように一風変わった店だからこそ、本八幡ではやはり目立つ存在のようで、学校の小学生が「町探検」としてインタビューに来たり、ママ会後にほろ酔い気分のママさんたちが寄って来たり、とさまざまな使われ方もするそう。
ぷんぷく堂考案「あなたの小道具箱」が日本文具大賞のデザイン部門グランプリを受賞。
仕入れ商品だけでなく「オリジナル文具」も販売しているぷんぷく堂。『半分鉛筆』『過保護袋』などユーモラスなネーミングがつけられた文房具は、この店に限らず、他の量販店にも卸されているそうです。
夜を迎えた本八幡のまちに、ぽっと明かりを灯すぷんぷく堂。隣接する線路からは、時おり京成本線の音が窓から響き渡ります。どこか昔を思わせるこの店の引き出しには、一体なにが入ってるのでしょうか。
【取材協力】
株式会社ぷんぷく堂 櫻井 有紀さん
【アクセス】
千葉県市川市八幡5-6-29
京成本線京成八幡駅より 徒歩7分ほど
JR本八幡駅より 徒歩9分ほど
著者:清水翔太 2019/9/26 (執筆当時の情報に基づいています)
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