相模原の大自然で、「電気の自給自足」を普及する藤野電力。説くのは”必要性”ではなく、”生み出す楽しさ”。
東京都心部から電車で約1時間半、東京都の最西端にある高尾山を貫くトンネルを抜けると、たどり着く神奈川県相模原市緑区の藤野。
まちの四方を緑生い茂る山々が囲み、一筋の青々しい相模川が貫流する「緑と水のまち」です。自然豊かな景観や、東京駅へ中央線で一本でいけるアクセスの良さから、移住者、なかでもクリエイターが多く集まる場所でもある藤野地区。
廃ホテルを再利用したアトリエや、川や森を活用したアート作品が多数生まれるなど、「あるものを活かす」という精神が、街に根付いています。
藤野を貫流する相模川。藤野電力オフィスにも隣接している。
そんな藤野には、大自然から電気を生み出し続けている「藤野電力」と呼ばれる市民団体があります。
ミニ太陽光発電システムの組立ワークショップや、お祭りなどの街のイベントへの自然エネルギー電力供給など、様々な活動で全国的に知られる藤野電力。
オフィスの外壁に取り付けられた太陽光パネル。
こうした経緯から「市民発電所」と呼ばれることもある藤野電力は、様々な活動を通して、多くの人に、電力会社を頼らずに「自ら電力を作る楽しさ」を説き続けています。
▼ ”エネルギー”を作ることが目的ではなく、”気づき”を得るのが目的。「電力を通じて、世の中を知る」
「独立型太陽光発電キット」を自作するワークショップの様子。
設計施工プロジェクトマネージャーの鈴木俊太郎さんは、「電力」というものへの意識が、時代とともに変わりつつあると、以下のように話してくれました。
「電力って、とても“日常的”なものなのに、“非日常的”な状況でしか意識されないんです。例えば災害時などで停電が起きた際、『あ、電力って大事だったんだ』って、そこで初めて認識しますよね」
プロジェクトリーダーの鈴木俊太郎さん。本業は整体師だという。
「現代は、何でもデジタル化されて、オートマティックになってて、全てシステムが勝手にやってくれるから、余計に電力への意識が向かなくなってるんです」
一方で、IT革新や高度情報化によって、電力の消費量が増加傾向にある現代。この逆説的な状況を改善に向かわせるため、様々な普及啓発を行っている藤野電力。
活動の主軸となるのは、太陽光発電キットを作るワークショップ。老若男女、まちの内外から、多くの人が参加するといいます。そうした活動を行う意義について、鈴木さんは以下のように語ってくれました。
「説くべきは“必要性”ではなく“楽しさ”だと思うんです。『停電になった時に大変だから』ではなく、『電力の仕組みを知れたらもっと便利になる』と訴える」
「独立型太陽光発電キット」製作工程。鈴木さんは「電力の仕組みを知ることが、興味を持つきっかけになる」と語る。
「“エネルギー”を作ることが目的ではなく、“気づき”を得ることが目的なんです。自分でキットをつくると『電気が発生するまでにこんな苦労があるんだ』『電気が供給されるまでにこんな障害があるんだ』と知れますよね」
「こうやって一人一人の意識を変えていくことが大事。まちに大きな発電所をぼんと立てる“中央集権的”なやり方ではなく、個々人が自分で電力を作れる“自立分散型”が理想のかたちなんです」
▼ 発電を通して「自給している感覚」を得る。人間はいつの時代も自然に回帰していく。
全国各地からワークショップや電源設置の依頼が来る藤野電力。活動を開始した2011年の3月に起きた東日本大震災の直後と現在では、そのニーズが大きく異なっているそうです。
震災直後は、原子力発電や電力会社への反発から依頼が来ることも多かったといいますが、現在では、自給自足のため、自分で畑をやりたいため、といった「個人の目的や展望」へと、そのニーズに変わっているといいます。
オフィスの横にある大型トレーラー、その屋根に取り付けた太陽光パネルで発電している。
この変化について、昨今ではとくに若年層のあいだで、逆に「不便さ」を求める傾向があり、そうしたことが背景となって自然エネルギーへのニーズが高まっていると、鈴木さんは語ります。
「例えば農業であれば、僕らの世代は、腰が痛くて手が汚れて…と、とにかく辛いイメージしかなかった。でもいまは違う。若い人は『自分で野菜を作るって楽しい』と思ってくれる」
「恐らく世の中が“便利”になりすぎて、逆に“不便さ”が新鮮なんだと思います。いまの人たちは“辛いかどうか”ではなく“面白いかどうか”を尺度としている人が多い気がするんです」
「だから太陽光キットも既製品を渡すのではなく、1から自作することを通して、あえて苦労してもらう。その苦労を楽しんでもらってる感じです」
このように「不便さが面白い」という背景から生まれる、自らの手で何かを生み出すことの楽しさ。しかし本来、人間はそのような楽しさを潜在的に知っていると、鈴木さんは話します。
「電気を作ることの何が楽しいって、やっぱり『自給してる』っていう感覚なんですよ。素人が初めて作ったお米や野菜を口にした時ってものすごく感動しますよね、それと似てる気がする」
「魚釣りとかキャンプもそう。魚屋で買えばそれで済むのに、わざわざ川で釣って食べる。家で食べれば楽なのに、川沿いにテントを張って自炊する」
「恐らく人間には、ゼロから、つまり自然の中から何かを生み出すという潜在的ニーズがあると思うんです。それはつまり、この便利な現代から、原始時代に回帰していくような感覚です」
便利になっていく世の中で、あえて原点に戻っていく。緑豊かな山々や、広大な面積の相模川を有する藤野では、帰るべき自然と人々が密接に関わっています。
JR藤野駅。プラットホームからは、遥か遠くに山の稜線が見える。
そのため、東京都心部から藤野に移住して来る人も多くいるといい、ますます新しいことが生まれていくと予想されます。
「あるものを活かす」の精神が根付く藤野。そんな藤野の中心的コミュニティである藤野電力。街の変化とともに、その在り方も変化していくのかもしれません。
【取材協力】
藤野電力
設計施工プロジェクトリーダー/鈴木 俊太郎さん
【アクセス】
神奈川県相模原市緑区小渕1938-2
JR藤野駅から徒歩10分ほど
著者:清水翔太 2019/10/11 (執筆当時の情報に基づいています)
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