「会社員も主婦も子供も、ここでは誰もがプレイヤー」ボードゲームを通じて“社会的役割”を脱ぎ捨てる、上野・コロコロ堂。

国籍問わず多くの人で賑わう、東京の一大観光地・台東区上野。アメ横や上野恩賜公園など、日本の文化を色濃く残すさまざまな名所が散見されます。

外国人観光客などが多く集う中心地から少し離れて文京区方面へ向かうと、顔を覗かせる空色の看板。老若男女が出入りするそこは、「コロコロ堂」と名付けられたボードゲームカフェです。

店内に置かれた世界各国のボードゲーム。合計で500種類以上にも及ぶという。

古くから日本人のあいだでは「将棋」や「オセロ」、「人生ゲーム」などが定番となっていたボードゲームですが、近年では「人狼」や「キャットアンドチョコレート」など新しいゲームが流行り、プレイ人口は増加傾向にあります。

そうした動きに伴い、知らない人同士でゲームを楽しみながら交流を深めていく「ボードゲームカフェ」という業態が全国的に増加。なかでも、若い世代のみならず、近所の主婦や子供、高齢者など幅広い層のプレイヤーや多くの地域住民が集うのが、コロコロ堂なんです。

▼ ボードゲームを通じて生まれたコミュニティには、”持続性”がある。「匿名だからこそ、無理なく集まれる」

異業種、異文化の人が同じ一つのテーブルに集う。(提供:コロコロ堂)

オーナーの岩井さんは、ボードゲームが地域の老若男女に愛される最大の理由として「社会的な文脈からの切り離し」が挙げられると、以下のように語ってくれました。

「うちでは、知らない人同士で対戦することも多々あるのですが、ゲームをするにあたって、その人が何歳で、学歴はどうで、何の職業で…といった社会的な背景は一切関係ないんですよね」

「どんな職業に就いていようと、ここに来たからには全員“プレイヤー”として括られる。社会的には普段接点がない人も、ゲームを通じて同じステージに立つ」

もともとは金融機関で働いていたという岩井さん。起業したのは約4年前のこと。

「社会的な文脈というのは、会社を出ても着いて回りますよね。例えば合コンに行けば職業を聞かれるし、家に帰れば、それぞれの役割を演じる。地域生活でも、自治会の役員や構成員…と、完全に“社会を脱ぐ”というのは難しい」

「だからこそ、ある種の“匿名的な場”が必要になる。ボードゲームというのは性質上、人を選ばない。ルールさえ共有できれば、どういった人もフラットに楽しむことができますよね」

このようななかでコロコロ堂では、とくに一人で来るお客さんに「本名を言わない」という傾向が見られるそうです。SNS上のアカウント名のように、本名を隠してプレイすると言います。

男性に限らず、女性のお客さんも多く集まる店内。

さらに一人で来て匿名のまま互いの仲良くなり、やがてコロコロ堂を出て別の場所で会う。つまりボードゲームを媒介としたコミュニティが形成されることもあると、岩井さんは語ります。

「匿名で仲良くなれる、ということは、つまりボードゲームがコミュニケーションツールとして機能しているということなんです。互いの内情を探り合う必要がない。“ゲームが楽しい”という感覚を共有することで、輪の結束が強まります」

以前からボードゲームが趣味だったという岩井さん。コロコロ堂を始めたいまも、それは変わることがないそう。

「だからこそコロコロ堂以外で会う場合も、謎解きイベントに参加したり、飲み屋でゲームの話をしたりと、常にコミュニティの主軸にボードゲームがある」

「これってつまり、コミュニティに“持続性”が生まれるということなんです。ボードゲームが存在する限り、ボードゲームへの熱が失われない限り、そのコミュニティは無理することなく継続される」

社会的な情報がない分、人間の本質が浮き彫りになる。実生活では見られない”素”が出るのが、ボードゲーム最大の魅力。



共通項があるからこそ、参加者が自然と盛り上がるコロコロ堂。一方で、コミュニティ形成に影響するほどにコミュニケーションを深める理由には、純粋に“楽しい”という側面以外にも、“相手を知れる”という側面が影響しているそうです。岩井さんは以下のように語ってくれました。

「ゲームの性質上、『その人がどういう性格か』『どういう所を見ていそうか』というパーソナルな部分をヒントに進めていくタイプの作品も多くあります。このようなゲームでは、社会的な情報が明かされない分、その人の内面が大きく反映されるんです」

「例えば『何でそう思ったんですか?』と質問を投げかけ、その人の特性を明らかにしていく。ゲームを通して人間の本質が見えます」

初心者向けから、上級者向けまで網羅。そのほとんどのゲームを、全てのスタッフが解説できるという。

「またゲームの種類に関係なく、負けた時にどう悔しがるか、勝った人をどう褒めるか、人の邪魔をする時にどうアプローチするか、どうやって嘘をつくか…と、とにかく人間性が出ます」

「ある種、飲み会や、普通に遊んでる時のほうが、人は仮面を被ったり演じたりしている。でもボードゲームはどうしても素が出る瞬間がある。仮面をかぶり続けるのは、不可能なんですよね」

この「相席OK!!」の札が置かれたところには、誰でも途中からゲームに参加することができる。

スマートフォンアプリやオンラインゲームなどが爆発的な人気を獲得していくなか、オフラインでのボードゲームがここまで隆盛する背景には、このような「匿名性」と「相手を知れる」という、一見相反する二つの特徴が影響しているのかもしれません。

開業して四年ほど経つコロコロ堂。最近では、開業当初に見られなかった客層も増えてきたと、岩井さんは話します。

「じつは主婦層からのニーズが多くあるんです。恐らく、家にいる時間が多く、また“母”という役割から一瞬だけでも解放されたいという気持ちがあるのでしょう」

「そうした理由から、ある主婦の方が中心となって、主婦限定のイベントが開かれたりもしているんです。お母さんたちが、妻や母親であることを忘れて、一人のプレイヤーとしてゲームに熱中する。なかなか面白い光景ですが、これこそボードゲームの長所だなと思います」

空いた時間に、コロコロ堂の空きスペースでスタッフたちとゲームに興じることもしばしば。

最後に、岩井さんはコロコロ堂の今後の展望について、以下のように語ってくれました。

「ボードゲームは、これからも自然とニーズが増えていくと思います。だからこそ、もっと生活に馴染んでいくものになればなと。海外では公園や通りなどでゲームをやってる光景を見かけますが、日本でももっと身近になってほしい」

「一般的なカフェや、老人ホームなどの高齢者施設に置いてもいい。ボードゲームはどこに置いてもコミュニケーションの潤滑油になりますから」

「とくに上野というまちは、多国籍であったり、伝統とモダンが入り混じっていたり、本当に多くの要素を持っていて、新しいことを始めるには適しています。この場所から、日本のボードゲーム文化を盛り上げていきたいです」



一度来ると病み付きになってしまうコロコロ堂。多い人では「週4〜5」の頻度で来店するそうです。

プレイ中には、お酒も提供しているというコロコロ堂。しかしゲームに熱中するあまり、「ビールが2時間ほど放置されていることもある」と、岩井さんは笑って話します。

簡単なものから難しいものまで、現在500種類以上あるボードゲーム。上野というまちの性質上、外国籍の方の姿も時おり見られるそうです。

しかし一度テーブルに座ってしまえば、誰もが“プレイヤー”。国籍も年齢も一切関係ありません。真の「ストレス解消」は、こうした社会的な文脈からの解放なのかもしれません。


【取材協力】

コロコロ堂 オーナー/岩井さん

【アクセス】

東京都台東区上野1-9-3 日向ビル1階

東京メトロ千代田線湯島駅から徒歩1分


著者:清水翔太 2019/11/21 (執筆当時の情報に基づいています)
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