工場を出て“出張”を始めた、小田原の町工場「これからは地域のためにモノをつくっていく。」
新宿から神奈川方面へ電車で約1時間半。小田原市の酒匂川(さかわがわ)のほとりに、金属プレスの町工場「川田製作所」があります。
川田製作所の2代目 川田俊介(かわだ しゅんすけ)さんは、2014年から小田原を中心としたものづくりの仲間とともに工場の外に出張して、ものづくりをしています。
▼ 「大量生産のものづくり技術は、企業のためだけにしか使えないのだろうか?」
高度成長期、町工場の技術は企業の製品をつくるために使われ、“ものづくり大国、日本”を支えてきました。
その町工場の技術をこれからは、地域の子どもやお父さん、お母さん、おじいちゃん、そしておばあちゃんにも使ってもらいたい、と出張活動を始めた川田さん。
お話をうかがうと、そう考えるようになった経緯を次のようにお話してくれました。
「企業の製品をつくるっていうのは、つまり、大量生産のものづくり。そういうものづくりの技術っていうのは、企業のためだけにしか使えないのかなって疑問が湧いたんですね。」
川田製作所二代目の川田俊介さん。2010年に川田製作所へ入社し、2014年から「出張まち工場」をスタートさせた。
「このまちでも、大企業の工場が次々に閉鎖されました。大企業は“小田原”という地域のために事業をやってるわけじゃないので、日本でも世界でも最適化していく。それはそれで、大企業の社長がやるべきこととしては正しいと思うんですけど…。ただ、中小企業の社長はどうかっていうと、地域で職場や仕事をつくるというのが自分の役割だと思っている人が多い。」
「前職で大手に勤めていた頃、それはなんとなく知っていることではあったけれど、ピンときていなかった。川田製作所に入社して、いろいろな中小企業の社長さんと実際に会ってお話してみると、みなさん地域のことを考えているんですね。この地域で会社を持ち続けることって、すごく大切なことだと思うようになりました。」
2010年に川田製作所に入社して3、4年が過ぎ、「地域に対して、モノをつくっていない」という現実を重く捉えるようになった川田さん。
とはいえ、町工場という場所は、地域の人には何をやっているのかよくわからないクローズドな環境です。
そこで川田さんは、自分の3Dプリンタを車に積んで、小田原の上府中公園で開催されている「カミイチ」というクラフト市に「出張まち工場」として、毎月出かけていくようになりました。
▼ 「短期間で仲間ができる」ということは、それだけたくさん、ものづくりをする人がいるということ
ワゴン車で始めたイベント出店でしたが、より安全に機械を運べるようにとキャンピングカーを出張カーに改造し、2017年以降はその出張カーで、主に小田原をはじめとする神奈川県の西エリアに出かけています。
こうして「出張まち工場」をスタートしてから、川田さんが一番思ったことは、出張は「仲間」との出会いの場であるということだったそうです。
川田さんは次のように言います。
「最初は僕とグラフィックデザイナーの二人で出店していたんですが、向こうから話しかけてくれて、そういう人はだいたい、ものづくりしている人なんですね。話が盛り上がると、次回からはこちらのスタッフです。」
3Dプリンタにレーザーカッター、メタルカッター、デジタル刺繍機、発電機などを積んでイベントやワークショップへと出張する「出張まち工場」。
「比較的短時間の間につながりができたんです。短時間でできたってことはそれだけたくさん、ものづくりをしている人がいる。」
例えば、茅ヶ崎にあるウエットスーツの工場では、端材が産業廃棄物で捨てられているのだそうですが、「出張まち工場」のものづくり仲間とアイデアを出し合って、その端材を再利用したスマホケースとして商品化し、販売するようになったそうです。
建設現場や町工場から排出される”モッタイ材”を再利用した卓上時計「zogan-clock」
ものづくりで地域に仲間ができ、「地域の材料 x アイデア x 町工場」という掛け算でモノを生み出すようになった「出張まち工場」。
「仲間ができてモノがつくられるっていうのは『出張まち工場』をやってみてわかったことですね。つながりが、新しいもの、そして新しい価値を生み出すという循環を回していきたい。」と語る川田さん。
どうやらもう、町工場としての地域への貢献の方法を形にしつつあるようです。
▼ “量産的な技術”は、“効率的な技術”。町工場が、地域のものづくり仲間の「あこがれの場」へと変わり始めた
地域に根付いたものづくりネットワークを広げつつある一方で川田さんは、町工場として「大量生産は否定していない」と言います。
その理由を、次のようにお話ししてくれました。
「大量生産の技術は、低コストでモノをつくるための技術としては大切な技術なんです。“量産的な技術”は“効率的な技術”なので、コストが安いだけじゃなくて、エネルギーの使用量とか、地球環境持続の面でも適している。」
「そこにちゃんと価値を見出せるような、“効率的なものづくり”に向かえば、大量生産の技術は、これからも社会に必要とされるんじゃないかと思います。『たくさんつくって、たくさん売る』っていうのはもう時代に合わないけれど、最も効率的な生産手段としてその技術が存在するのであれば、保持していくべきじゃないかなって思います。」
大量生産時代の習慣が体に染み込んでいる私たちの世代は、いわば、モノをつくっていない世代です。
モノは企業がつくっているので、モノが欲しければ「買う」という思考回路ができあがってしまっています。
しかし、川田さんは、モノは「つくる」という、これからの社会を思い描いて、年に10回ほど、子どもたちを対象としたものづくりのワークショップに出張しているそうです。
そしてそれは、“宝物”をつくるワークショップなのだとして、川田さんは次のように言いました。
「僕の原点は、僕のおもちゃ箱にある花瓶です。紙粘土をコップに貼って、ロケットの形に整えて、紙粘土が乾いた後に色を塗って保護したもの。それを保育園の時につくって40年以上ずっと取ってある。見ただけで懐かしかったり、楽しかったり…。“宝物”だと僕は思ってます。」
「機能的な価値だけじゃなくて、記憶や感情までもつくってくれるのが宝物。そういうものを一つでも多く子どもたちがつくるようになれば、もっと楽しいモノが世の中に増えていくんじゃないかなって思って活動しています。」
「子どもたちには、いきなり三次元のものづくりっていうのは難しいようです。小さい頃から保育園や幼稚園でお絵かきはしてきているので、まず絵を描いてもらうことから始めることが多いんですけどね。」
イベントに出展する際には、小田原市のキャラクター「梅丸」を3Dプリントして子どもたちに色を塗ってもらう「オリジナルの梅丸をつくろう!」というブースなども設けている。
小田原を中心とした地域の人々に、“モノはつくるもの”と伝えにゆく「出張まち工場」。
99%の識字率を誇る日本では、「文字の読み書き」はできるのが当たり前ですが、これからの社会では、家庭にもまるで電子レンジのように3Dプリンタが置かれるようになって、モノの仕組みを理解したり、つくったり直したりする「モノの読み書き」の力が問われるようになっていくとも言われます。
「個人でものづくりしている人から、『町工場って、なんでもつくれていいよね』ってすごく羨ましがられるんですよ」という川田さん。
効率的なものづくりの技術を持つ町工場は、「モノを買う世代」から「モノをつくる世代」へと向かっていく中で、地域の大人や子どもたちの憧れの場へと変わっていきそうです。
◆取材協力
川田製作所 川田俊介さん
◆アクセス
川田製作所は JR「鴨宮駅」から 徒歩18分
著者:関希実子・早川直輝 2019/11/26 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。