かつてヒッピーの聖地だった国分寺には、じっくりと人と話ができる古本屋がある

70年代から80年代にかけてヒッピーの聖地とも言われていた国分寺は、アンティークショップが集まる個性的な街でした。その名残があるためか、はたまた坂が多いことで物理的にゆったりとなるためかは定かではありませんが、現在の国分寺も自然派でスローな生活を好む人が多い傾向にある街だそうです。

そんな国分寺の世界に引き寄せられた方の一人に、「古書まどそら堂」の店主である小林良壽(よしひさ)さんがいらっしゃいます。

今回は、国分寺に引き寄せられ、現在はその生活と歴史を作っていく側となった小林さんにお話をお伺いしてきました。





小林さんが奥さんと一緒に塗ったという水色のドアが目印の「まどそら堂」は、本が引き寄せる人の繋がりを、手作りの温かさで育んでいく古本屋です。

水色のドアは、小林さんと奥さんが自ら塗装したもの。一度ペンキを塗ったあとにやすりをかけることで、小林さんのイメージ通りの落ち着いた水色に仕上げたそうです。


▼ 茫漠と捉えていた社会を、人と対話することで理解できた

80年代より多摩美術大学に通うために国分寺を訪れていたという小林さんは、「学生時代に影響を受けたアンティークショップたちは、もうほとんど無くなってしまった」と寂しそうに話します。

もともとフリーランスのデザイナー兼アーティストだった小林さんは、「まどそら堂」を開業した2013年5月まで、壁画や造形物の作成といった美術全般に関わる仕事をされていました。

学生時代は渋谷パルコの壁画も描いていたという小林さん。学生のときから本を集めるのが趣味だった小林さんですが、古本屋を開くというアイディアは散歩中にたまたま空き部屋を見つけたことから生まれたそうです。

そんな小林さんには、「まどそら堂」を営業する際に本を売るよりも意識していることがあると語ります。

「情報のかたまりとしてではなく、大切な何かとしてお客さんには古本に出会って欲しいなと思っています。『まどそら堂』に置いてある本は、レア物もあれば、ボロボロだったり、B級品もあり、商品になりにくい本も実は多いんです。

店頭に並べる本の基準は、持っているだけで充足感を得られるかどうか。気になって、思わず手にとってみたり、必要でもなくてもこれ欲しい、って感じる本を並べます。読まなくても必要な物という感覚をお客さんにも感じてもらえると嬉しいですね。」

仕入れられた単なる商品として本を扱うことなく、人の想いが込められた作品であるとの意識を持っているのが、「まどそら堂」が一般的な書店と異なる点だ、と小林さんは仰います。

店頭にある本は、タイトルのフォントを厳選していたり、挿絵に力をいれているそれぞれの本の特徴を小林さんなりに評価をしてから、棚に並べられていくのだそうです。



店内には、古本だけでなく雑貨も置いてあります。雑貨に限らず、毎日小林さんが選曲する店内の音楽など、本以外にも「まどそら堂」の要素をつくる重要なものが存在します。

選出だけでなく本の並べ方にもの独自のやり方がある「まどそら堂」では、超大型書店のように出版社や五十音順で並べることはあえてしない、と小林さんは続けます。

「自分が感じる本同士の繋がりで店頭での並べ方を決めます。赤ちゃんの話を書いた本から終焉の話を書いた本たちを1つの流れとして並べることで『生から死』を棚で表現したこともありました。

それぞれの本同士に関連はないので、本を見つけにくいとのお叱りもあるなか、本棚にのせたメッセージに気づいてくれるお客さんもいたんです。その人となにか分かり合えた気がして嬉しかったのを覚えています。」

開業したばかりの頃は、お客さんと話すのも照れくさく店の奥に隠れてしまっていた、という小林さん。接客業の経験もなかったため、「まどそら堂」を始めたときは全てが手探りの状態だったそうです。

アーティスト活動をしていた頃は、机に向かい作品を淡々と作り続ける生活だった小林さん。人と深く関わることが少なく、行き詰まった生活を一新しようと、新しい仕事を探し始めたのが「まどそら堂」を開く動機となったと小林さんは語ります。

「同業者としか関わりのないアーティストの世界で生きていたとき、自分にとって社会はぼんやりとした意味を持たないものでした。社会を構築する『人』を理解する機会が少なかったからでしょう。

例えば、隣人と世間話をすることができない方は珍しくないと思います。パートナーが社交的であっても、その人の後ろに隠れて自分には関係のないように振る舞ったり…。『まどそら堂』を始めるまでは、関係ないと振る舞ってしまうグループの中に私もいたと思うんです。」

社会が漠然としたものであったと語る小林さんも、「まどそら堂」で店舗を訪れるお客さんとコミュニケーションをとるようになってから変化があった、と続けました。

「元々付き合いがある友人や仕事仲間は、私と共通項がどこかにあるんですが、これまで付き合ってこなかったようなタイプの方もお客さんとしてたくさんいらっしゃいます。

詳しくないジャンルの本についてお客さんに聞かれたときに、知ったかぶりをしてもバレてしまうので『分からないです』と正直に答えたらすごく怒られたこともありました。

毎日の業務で色んなタイプのお客さんとの対話をすることで、共通項がない人同士の繋がりから、世の中は動いていることがやっと見えるようになったんです。また、人が普段どんなことを考えているか分かることで、社会がどういうものなのかも理解しはじめました。」


▼ 本が売れない時代の古本屋は、人が集まる場所に変わる

「まどそら堂」では、リヤカーで古本を売りに出る「ちびまど文庫」や、お酒を飲みながら朗読会を行う「ほろ酔い夜話」など定期的にイベントを開催しています。

手作りの照明が「まどそら堂」の店内の雰囲気をつくる、朗読イベントの「ほろ酔い夜話」は人気イベント。朗読したい本とお酒やおつまみを持ち寄り、本好きが集まります。

全体的に書籍の売り上げは下がり、電子書籍の普及により紙の本からさらに人が遠ざかりつつあると言われる近年。

古本屋が人に絶対的に必要な店であるとは言い難い、と前置きした上でイベントを開催する「まどそら堂」の活動を、以下のよう小林さんは語ります。

「『ほろ酔い夜話』の参加費は1回500円。小さな店内は5、6人で超満員になります。イベントから利益を得ることは考えていないので、人が参加しやすい値段設定にしてあるんです。

情報発信をして人と関わり、地域と密着することが、周り回って古本を売るためのサイクルになると思っています。そのため、日銭を稼ぐことを目標としていません。」



小林さんが、春と秋の一定期間だけ開放される武蔵国分寺公園で行っているイベントに「古本釣り堀」があります。「古本釣り堀」とは、魚のイラストが描かれた厚紙の袋に古本を入れて、磁石をつけた釣竿で釣る手作りのゲーム。

1回200円で三尾まで釣りをすることができる「古本釣り堀」。釣った魚の中に隠された古本は、1つだけ選んで持って帰ることができます。魚のイラストはもちろん小林さんが描いたものです。

過去に、小林さんがつくった魚釣りゲームで遊んでいた姪の姿をふと思い出して始めたという「古本釣り堀」。思いつきの冗談のようなアイディアも、自分から楽しんでやれば副次的効果がどこかに現れると小林さんは語ります。



「どうせ誰もこないだろうからポツンと自分1人だけが釣りをするパフォーマンスでも面白いかな、と最初は思ってたんです。ただ、その予想とは反対に、わずか数時間で7~80人ほどの子どもが遊びにきてくれました。それだけじゃなく、たまたま通りかかった常連さんとそのお孫さんが、忙しくしている私をみて運営を手伝ってくれるようになったんです。

子どもが楽しそうに釣りをしていると、大人も集まってくるんですよね。子どもが本を読むきっかけとするのも『古本釣り堀』の目的ですが、それよりも古本屋が変なことやってるぞって子どもから大人まで集まってくれるのが嬉しいな、と思います。」


▼ 誰もが安心して遊ぶことができる居場所に、小さな店でもなれると思うんです

「まどそら堂」では、ポップなイラストが所々に使用され、店先には小学校で使用される小さな椅子が並べられています。

子どもが抵抗感を覚えないような店づくりをしたい、と店舗で交わされる日々のコミュニケーションを振り返りながら、小林さんは以下のように語りました。

「お客さんの子どもで、毎日保育園帰りにお店に寄ってくれる2歳と4歳の2人兄弟がいます。他所の子どもたちですが、会うたびにハグをするんです。

もちろん、子どもたちはただ近所のお店に遊びに来ているだけですが、そんな遊び場も多くありません。そんな地域の子どもが頼れる場所の役割を、実は小さなお店でも担うことができるんじゃないかなって思うんです。」

居場所が必要なのは子どもだけではなく大人もだ、と小林さんは続けます。

「早めに仕事から帰宅できた日に、1人でテレビやYouTubeを見て過ごすのも良いかも知れない。でも、『まどそら堂』でやっているイベントに来てみて、初対面の人とも会話する日常も当たり前になって欲しいなと思うんです。

また、アーティストが業界外の人とコミュニケーションをとるための場に『まどそら堂』がなったら嬉しいですね。」



売り物になりにくい本も店頭に並べ、採算度外視でイベントを開催する「まどそら堂」には、小林さんの考える、人との関わり方が隅々まで反映されています。

コンテンツとしての古本は真新しいものでは決してありません。しかし、画面上で人と簡単に会話ができる現代で、古本を通じてコミュニケーションの場を提供する「まどそら堂」はこれまで存在しなかった重要な場所となるのでしょう。

小林さんはこれからも、「まどそら堂」に訪れた一人ひとりと対話して、その人にとっての居場所となるような空間をつくりあげていきます。学生時代に国分寺に引きつけられた小林さんのように、彼がつくる居場所に惹かれた人がまた、新しい国分寺の歴史を紡いでいくのかもしれません。

協力者:小林良壽さん 古書まどそら堂 国分寺駅から徒歩2分


著者:須藤春乃・早川直輝 2019/12/12 (執筆当時の情報に基づいています)
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