“宝石街”の御徒町で一点物のジュエリーを作り続ける、Andart。「物が溢れる時代だからこそ、もう手に入らない儚さが価値になる」

江戸時代から脈々と技術が継がれる工芸職人のまち、台東区御徒町。そんなものづくりのまちで、「海と宇宙と鉱物とカフェ Andart(アンダート)」という一風変わった屋号で、一点物のジュエリーを生み出し続けているショップがあります。

ジュエリーというと、例えば百貨店などのように通りすがりにショーケースから眺められるなど、「外」に開かれる形で売られているイメージが多くありますが、Andartでは全く正反対のことが行われています。

通りからは店内の様子を伺うことができず、また中に入ると窓も、時計もない。時間的にも空間的にも、「外」が一切排除された設計になっているその空間。

窓にはカーテンが敷かれ「外」を感じるものは、扉の丸窓一点のみとなっている。

そうした特殊な空間が生まれた背景には、Andart が掲げた「憧れ」という大きなテーマがあると、この店のオーナーでジュエリー作家の橋本章聖さんは語ってくれました。

「普通お店では、自分が何かを選んでるときでも沢山の音や情報が聞こえたり見えたりしますよね。自分の感情と向き合いたいときに集中ができないのは、どうなんだろうって感じていました」

「僕たちは、作品に『憧れ』を抱いてAndartにお運びくださった方が過ごした時間や空間も含めて、宝物のような想い出であれたらと考えていて。そのためには『外』を遮る必要があったし、作品の世界に入り込んだような空間を創るためには、ジュエリーもお店自体も自分たちで作る必要がありました」



橋本さんは、海と宇宙について「生命が生まれ、還っていく場所だと考えている」と語ります。

「僕自身、地理的に海や星が見えづらいところで育ったから、海にも宇宙にも憧れがあって。未知なる海も宇宙も、そして鉱物も、多くの人が 理由なく『美しい』と感じられるものだと気付いたんです」

「だからこそ、『遥かかなたの宇宙への憧れを抱きながら、深い海の底から、宙を見上げているような世界』をコンセプトにお店を創りました。時計や窓がないのも、壮大な物語の中に入り込んで頂くため。『外』から切り離されたAndartの世界で、憧れのものや宝物を見つけてもらいたいと考えたんです」

「そういう意味では、お客様は “海と宇宙と鉱物の世界の住人”で、 ショッピングではなく“ショー”を見て頂くようなイメージですね」

▼ 見つける、ではなく迷い込んでもらいたい。「駅から離れた人通りが少ないこの場所でこそ、『夢の中』に没入できる」



このように、店でありながらも、ひとつの小さな世界として存在するAndart。特殊なコンセプトだけに立地選定などが難しいようにも想像できますが、現在の場所は、掲げたテーマに完全に沿うものだったそうです。

そもそも御徒町は「ジュエリータウン」と呼ばれているほど、宝飾類の職人が多くいることで有名なまち。「日本唯一の宝飾問屋街」とまで言われています。

加えて、海の航海の安全の神様とされている金比羅神社が近くにあり、また偶然にもテナントとして入るビルの名前が「星丸ビル」と、店のコンセプトに万事沿うものでした。

なかでも大きな決め手となったのが、駅から距離があり、かつ人通りが少ない場所、という点。商業的な見地から考えれば難しい立地をあえて選択した理由について、橋本さんは以下の通り話してくれました。

「憧れというのは、手に入れてしまうと『憧れ』ではなくなる。だからここは『夢うつつ』な場所なんです。現実と夢の境界線。駅前の繁華街という現実から抜けて、ゆっくりと夢の中に沈んでいく。そんなイメージにしたかったんです」

お二人でAndartを営む橋本さん夫妻。店の内装なども全て二人の手作りだという。(提供:Andart)

「お店を出た後も、駅までの静かな道のりを不思議な余韻に浸りながら、あれは夢だったのかもしれない…と想いを馳せてもらいたい。作品を購入したというより、夢の中から持ち帰ってきたように感じて頂けたら嬉しいです」

徹底した世界観を作り上げるAndartですが、作家としてこだわっている最大の特徴は「一点物」を制作、販売し続けるということ。これについて、同じく作家で橋本さんの妻でもある文香さんは、次のように語ってくれました。

「 一度逃したら同じものは もう手に入らない。一度手にしたものでも、失くしたらもう二度と出会えない。それは、世界でたったひとつ、あなただけのもの。だからこそ大切にして頂きたい、という願いを込めて、ひとつひとつ制作しています」

ジュエリーデザイナーの橋本文香さん。 もともと鉱物が好きで、よく集めていたという。

「今はものが溢れていて、欲しいものは気軽に手に入る時代。それでも、ここに来ないと出会えないし、次の瞬間には手に入らないかもしれない。そういう儚さや憧れへの感情を美しいと感じています。この時代における一点物の価値は、その美しい感情に響くことが出来ることではないかと思っています」

「Andartには、他では出会えないような、心がときめく宝物を探しにいらして頂きたいです」

▼ メンテナンスは、ジュエリーとお客さんの”絆”を知る大切なプロセス



だからこそ、Andartでは一度販売した商品は、メンテナンスも行い、お客さんと生涯に渡ってお付き合いしていく姿勢なのだといいます。そしてこのメンテナンスという工程を通して、お客さんの物語も見えてくると、文香さんは語ってくれました。

「お預かりしたジュエリーからは、お客さまとどういう付き合い方をしてきたのかが分かるんです。傷の入り方とか金属の色の変化とか。大切にしてくださったのだなとか、アクティブに持ち歩いてくださったのだなとか」

「逆にメンテナンスする必要がないくらい綺麗だったりすることもあって、驚いたり感激したりすることもありますね。その人とジュエリーのつながりや物語が分かるというのは、メンテナンスをする時の楽しみであり、作り手の喜びなんです」

「アートを日常に」 という意味が込められ、「And+art」で「Andarat」の名付けられたのだそう。

最後に文香さんは、自身の会社員時代の過去を振り返りながら、次のように語ってくれました。

「会社員時代は、文字通り心を亡くすほどの忙しさで。辛くなると、仕事終わりに海まで車を走らせて、波の音の響く星空や日の出に染まる海を見て癒されていました。そういう経験もあって、この世界観が生まれたのだと思います」

「ここはジュエリーショップでありながら、ギャラリーカフェも併設しています。忙しい方にこそ、美しいもの見たり触れたり、美味しいものを味わったりしながら、海と宇宙のような空間に、自分を癒しに来てもらえたら嬉しいです」

ゴージャスなカフェスペースが併設されている空間。席はすべて予約制だという。

命が生まれくる「海」。命が還りゆく「宙」。対極の存在でありながらも、人々の憧れであり続けるこの二つ。そこから現実に持ち帰ることができる「ジュエリー」。

忙しく過ごす現代人だからこそ、疲れたときには”宝石のまち”御徒町にある Andartに、宝物を探しに訪れるのもいいかもしれません。


【取材協力】

海と宇宙と鉱物とカフェ Andart

オーナー/ジュエリーデザイナー 橋本章聖さん、橋本文香さん

店HP:http://andart-gallery.com/


【アクセス】

東京都台東区台東2-23-5 星丸ビル1F

JR御徒町駅から徒歩10分ほど



著者:清水翔太 2020/1/14 (執筆当時の情報に基づいています)
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