街のリアルな熱を伝えるガイドブックとしてのご当地かるた『吉祥寺かるた』

「住みたい街ランキング」において常に上位にランクインする吉祥寺。しかし、メディアが取り上げる吉祥寺と、本来の吉祥寺の姿との間に小さな違和感を感じている地元民は少なくないようです。

そんな中、吉祥寺の「リアルな熱」を伝えるために、吉祥寺を愛する有志のメンバーが集まって「吉祥寺かるた」というご当地カルタを作ったと聞き、製作委員会の代表である徳永健さんにお話を伺ってきました。



吉祥寺で株式会社クラウドボックスというデザイン会社を経営し、学生時代から40年以上に渡って吉祥寺で生活してきた徳永さんは、近年の吉祥寺人気に対する違和感をこう話します。

「『住みたい街』と言われだしてからの吉祥寺は、お洒落なカフェや雑貨屋など、綺麗なスポットばかりが注目されていて、吉祥寺本来の面白さが伝わらなくなっているような気がします」

「僕が思う吉祥寺の魅力は、お洒落さと庶民臭さが共存しているところ。こだわりを持った変な(いい意味で)大人や若いクリエイターといった多様な人種が、コンパクトなエリアにギュッと密集しているところだと思うんですよ」

「でも、いわゆるガイドブックで紹介されるのは、どうしても写真映えする綺麗なところばかりになってしまいがちです。そこで『なにかもっと吉祥寺のリアルな熱を伝えるようなものがつくれないだろうか』と考えたときに思いついたのが、かるただったんです。」

▼ 地元民が本気で面白がるマニアックなネタだからこそ、吉祥寺を知らない人にも熱が伝わる



かるたは全部で46枚(ひらがなの「あ」〜「ん」)、つまり吉祥寺というひとつの街を46の方向から表現することができるツールだと考えた徳永さん。

ここで興味深いのは、吉祥寺かるたは地元民しか理解できないような、マニアックな内容になっているということです。そのことに関して徳永さんはこう話します。

「ご当地かるたは行政主導など教育目的で作られることも多いようですが、そこだけを目的にしてしまうと、例えば『みんな大好き井の頭公園』のようなありきたりな札に集約されていってしまうと思ったんです。でもそれだけじゃ、街のユニークな魅力は伝わりにくいですよね」

「そこで、吉祥寺に詳しい人しか理解できないような「マニアックな札もOK」という方針にしたんです。例えば、『い』の札は『いせやのお兄さん息できてるの?』というものです。いせやは吉祥寺にある創業80年の焼き鳥屋さんですが、いつも煙がもうもうと路上にも流れ出していて、地元民であれば『あ、あの煙か!笑』と気づいて笑ってくれます」

かるたには実在の人物をモデルとしている絵札も多い。

かるたに登場した「いせやのお兄さん」ご本人。(写真提供:吉祥寺ECCO!!)

「『いせや』のかるたは完全に地元ネタなので、吉祥寺に住んでいない人は何が面白いのか一見しただけでは理解できない。でも、ユーモラスな絵札に地元民のリアクションや個人的なエピソードが加わることで、『創業80年いせやの焼き鳥おいしいよ』と言われるよりも、断然その店に行ってみたくなる。これは普通のガイドブックではできない強みだと思います」

▼ かるたは「遊べるガイドブック」。誰もがルールを知ってるゲームだから、リアルな場の熱を生みやすい



徳永さんは「吉祥寺かるた」の制作に当たって、常に「吉祥寺のみんなでつくる」ということを念頭において取り組んでいたそうですが、それは「場の熱量」を高めるためでした。

徳永さんが考えている「場の熱量が高い状態」とは、多様な人の「好き」や「こだわり」や「偏愛」がひとつの場に集まってきて相互作用を起こし、盛り上がりを見せている状態のこと。かるたはそうした状態を引き出す装置になると話します。

「かるたはゲームなので、買ったら人と集まって、リアルな場で遊びたくなるじゃないですか。そして遊び始めると一枚一枚盛り上がるんです。やっぱり『地元あるある』って互いに文脈を共有しているので、すごく盛り上がるんですよ」

「かるたをやりながら、それぞれの街に対する思い入れやストーリーがほとばしり出ちゃうんですね。これは、絵札や読み札をあえてツッコミどころの多い内容にしているのもあるんですが、なによりかるたというゲームのシンプルさによるところが大きいと思います」



「かるたって机に広げたら、説明しなくても全員がルールを知ってるじゃないですか。しかも大人も子供もほぼ平等に戦えるという、じゃんけんの次くらいに参入障壁が低いゲームです。これって、場を作る装置としてはものすごく強力な武器なんですよね。つまり、初めて遊ぶ人でも、隣にいる全然知らない人でも、気軽に誘えちゃうんです」

「かるた制作の段階でも、お店の人たちに協力を依頼する際に、『吉祥寺のかるたを作っています』といえば一発でこちらの意図が伝わりました。かるたってものすごくシンプルなので、使う側にとっても作る側にとっても間口が広いんです。そしてその間口の広さが担保となっているから、極端にニッチな内容を取り扱っても簡単に楽しめるんです。内容がニッチな上にルールも複雑なゲームだったら、誰もはじめから遊ぼうと思ってくれないですからね」

徳永さんが言う「間口の広さ」は札の内容を決める段階でもその威力を発揮しました。実は吉祥寺かるたに描かれている札のアイデアはツイッターを中心としたSNS経由で一般のユーザーから集めたもの。SNSのオーディエンスも吉祥寺かるたの制作者なのです。

SNSを通じて吉祥寺かるたのアイデアを募る際にも、徳永さんはなんとか「吉祥寺のみんな」の参加を促そうと頭を悩ませたと言います。

ツイッターでの様子

「できるだけ多くの人が参加した状態でかるたを作りたかったので、当初は『採用されたら吉祥寺かるたをプレゼント』といった懸賞を付けようと思っていました。でもそうすると、採用自体が目的化して、偏愛にブレーキがかかってしまうかもしれません」

「そこで、とにかく『ハッシュタグをつけてツイッターにアイデア投稿』とお願いしたんです。すると最初は『みんな大好き井の頭公園』的な堅いアイデアばかりだったのが、途中からみんな面白がって好き勝手なことを言い始めて(笑)、例えば、『外食はきまっていつもアムリタ食堂だ』とか『あの店のBGMはいつも矢野顕子』といった、すごく個人的な、吉祥寺に住む大人の偏愛がたくさん集まるようになったんです」

▼ 地元の人たちが盛り上がれば、いずれ地域の外の人も巻き込める大きなムーブメントになる



こうして最終的には300を超えるアイデアがSNS経由で寄せられ、徳永さんを始めとする制作チームが編集作業を進めました。

その際に意識していたのは「誰にも嫌われないもの」を作ろうとすれば、「誰にも好かれないもの」になってしまうということです。

個人的見解、諸説あるもの、あるいは都市伝説の要素を含むなど、従来のガイドブックには載せられないようなものを集めて作った吉祥寺かるたを「かなり主観的なガイドブック」と呼ぶ徳永さん。



「吉祥寺かるたが日本全国で売られるようなメジャーな商品になるかと問われれば、きっとそうではないし、そうなる必要もないと思っています。吉祥寺のみんなで作って、吉祥寺のみんなと一緒に遊ぶ、まずはそれだけ」

「自分たちが楽しんでいれば、『面白い人たちが、面白いものをつくって遊んでいる場所が吉祥寺にあるらしいぞ』と必ずその熱が伝播していきます。それが吉祥寺の『リアルな熱』を伝えるということだと思うし、『地域活性』ということだと思うんです。そしてその先に、今度は『これ俺たちの地元でもやろうぜ』っていう人が出てくるんですよ」

「実際、吉祥寺かるたを発表したら、隣の西荻窪に住む方から『吉祥寺かるた面白そうなんで、西荻窪でも真似して作っていいですか』と問い合わせがあったんです。こんなふうに大人の偏愛増幅装置が日本中に広がれば、もっと街の熱量が上がると思うんです。で、上がった熱同士がくっついたら、きっともっと熱い場が生まれていく」



「場の熱は必ず伝わるものです。そうするとその場に巻き込まれたいという人が一人、また一人と増えていって次第に大きなムーブメントになっていく。外の人に来てもらったり知ってもらおうと思ったら、まずは自分たちが思い切り楽しまないとだめなんです」

地元の人が作って、地元の人が楽しむ吉祥寺かるた。もしかすると、これからは「楽しんでいる空気=場の熱」こそが、街の最強のプロモーションツールになっていくのかもしれません。


◆『吉祥寺かるた』 ¥1,500(税込)

販売はオンラインショップ(ぺろきち商店)にて

https://perokichi.stores.jp


◆取材協力

吉祥寺かるた製作委員会・代表/徳永健


著者:高橋将人 2020/1/17 (執筆当時の情報に基づいています)
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