大田区の工場地帯から芸術を発信するBUCKLE KÔBÔ。「手付かずのフロンティアから、まだ見ぬアートが生まれる」

東京都大田区の東部、湾岸地区に浮かぶ「京浜島」。地域の大半は鉄工所や倉庫群などで占められた工業用地であり、また人が住むことのできない人工島です。

東京の流通拠点にもなっている京浜島ですが、この土地からアートを広めていこうと、日々取り組みを続けているプロジェクトがあります。その名は「BUCKLE KÔBÔ(バックル工房)」。

寺田倉庫という臨海部の倉庫会社によって運営されている取り組みです。

京急平和島駅から京急バスで20分ほど走った場所にある京浜島。見渡す限り工場が広がっている。

BUCKLE KÔBÔ2階のアトリエ。主にアーティストの制作スペースになっている。

東京23区内であり、かつ羽田空港からもアクセスがいい一方、閉鎖的なイメージを拭えなかった京浜島の工場地帯。そういった固定観念を払拭するため、アーティストが「創作の場」として積極的に活用することで、土地周辺の価値を見直そうとするプロジェクトです。

▼ 湾岸地区には、”異物”を受け入れる余白がある。だからアーティストが漂流してくる

鉄工島フェスの様子 ©️IRON ISLAND FES 2019 / Photo by Ryosuke Kikuchi)

プロジェクトの中心となる常設の巨大アトリエを拠点として、工場の壁面を利用したウォールアートや、設備、機材を利用した大規模な作品制作、年に一度の『鉄工島フェス』と呼ばれるアートイベントなど、さまざまな企画が動いているBUCKLE KÔBÔ。

運営に携わるアーティストの高須咲恵さんは、京浜島からアートを興していくという発想について、「湾岸地区」という側面から、以下のように語ってくれました。

「海に近いエリアっていうのは、そもそも異物を受け入れるポテンシャルを持っているエリアなんです。都心部では、精査されながら新しい建物がどんどん建って、公園とかもなくなっている。だから訪れる人がどんどん限定されていく」

BUCKLE KÔBÔ1階。様々な加工作業ができるオープン なアートファクトリーになっている。(提供:BUCKLE KÔBÔ)

「でもここは、漂流物が流れ着いたりする場所だから、例えばアーティストのような、何かよく分からない存在を受け入れてくれる。まだ本当の意味での“公共”の感覚が残っている数少ないエリアなんです」

一方で寺田倉庫の伊藤悠さんは、「工場地帯」であるという点も、やはり「アート」にとって魅力的だったと、次のように話してくれました。

「広い面積が使えるし、大きな音も出せるし、火も使える。制作環境としてこれ以上整ったところはないんじゃないかなと思います」

「実際『工業地帯とアート』という接点は、海外では結構普通だったりするんですよ。ニューヨークのブルックリンとか、上海の莫干山路(モーガンシャンルー)とか。工業地帯にアーティストが住み始めて芸術地区が生まれてくるっていうのは珍しい話ではないんです」

鉄工島フェスで盛り上がるアーティストと参加者たち(©️IRON ISLAND FES 2019 / Photo by Ryosuke Kikuchi)

「湾岸地区」「工場地帯」の両側面から見て、アートとの相性が良かったという京浜島。とはいえ海外では認知されているこの組み合わせも、日本にはほとんどないという状況でした。

そのためBUCKLE KÔBÔを立ち上げる際、「クラウドファンディング」の手法を用いて、インターネット上で一般の人から資金を募ることで、やる価値があるかどうかを世に問うたそうです。その結果、目標額を超えたために「日本でもやれる」と判断したといいます。

いまではこの「BUCKLE KÔBÔ」は、その価値を認められ、大田区が鉄工島フェスを後援するなど、まちを上げてのプロジェクトになっています。

▼ 京浜島とアートを結びつけた「鉄工島フェス」は、島一帯を舞台にした芸術によるまちおこし



とはいえ、地元の受け入れ体制が必須だったこのプロジェクト。もちろん、事前調整などの地道な努力はあったそうなのですが、始めてみると、当初の予想よりも受け入れてもらえやすかったと、伊藤さんはその理由について語ってくれました。

「やっぱり、常に『顔が見える関係である』という点が良かったように思えます。BUCKLE KÔBÔは施設として常に同じ場所にあって、誰かしら作業している人がいる。もし何かあったら立ち話で話し合える。それってオープンな工場という環境だからこそだと思うんです」

「それに、アートっていう得体の知れないものでありながら、オープンだからこそ何をやっているかが分かる。とくに『壁画』は効果的で、工場の壁に絵を描いていたので、『BUCKLE KÔBÔ=アート』というのは、割とすぐに認識してもらえたように思えます」

BUCKLE KÔBÔの外壁に描かれた巨大なウォールアート。外観上のシンボルにもなっている。2019 / zbiok

そのようなフラットな関係だからこそ、いまでは作品に使う家具などをこのエリアのリサイクルセンターからいただいたり、車に穴を開ける作業は自動車修理工場に相談したり、組み立てるのをスタジオのアーティストや、大家さんでもある鉄工所にお願いしたり、と多くの職人と協力関係が結ばれているそうです。

このように、アートが京浜島に溶け込んでいく過程で生まれたのが、『鉄工島フェス』。多くのアーティストや鑑賞者を京浜島に呼び込み、お祭りのように至るところで作品を展開することで、よりオープンに知ってもらおうという企画です。

鉄工島フェス開催にあたって、事務局メンバーは説明のために工場一件一件を回ったという(©️IRON ISLAND FES 2019 / Photo by Ryosuke Kikuchi)

高須さんはこのフェスについて、工場地帯ならではのメリットがあると、以下の通り語ってくれました。

「美術館やギャラリーのような、いわゆるホワイトキューブの展示と違って、路上の展示になりますから、観る側も構えずに鑑賞できます。それにここでは、風景自体がアートになるという点も特徴です」

工場とアートが繋がり、人とまちがつながる。この結びつきこそが、「BUCKLE KÔBÔ」という名に込められた意味でした。

京浜工業地帯含む日本の四大工業地帯を総称した「太平洋ベルト」の名。沿岸のベルト地帯に点在する資源を繋ぎ、東京のクリエイティブのハブにしていく。そうした願いが込められた「バックル」の文字。

敷地が広いからこそ、巨大な絵など他ではできないアート制作が可能だという(提供:BUCKLE KÔBÔ)制作風景:アーティストBIEN

そんなBUCKLE KÔBÔの今後の展望について、最後に高須さんは次のとおり語ってくれました。

「オリンピックが終わると、おそらく東京のいろんな建物場所に”空き”が生まれる。そうしたらまた新たな施設を作って、取り組みを外に広げていきたいです。たくさんの人がそれぞれに同時多発的に起きたら尚よい。BUCKLE KÔBÔがそのテストケースになったら嬉しいと思っています。」

「でもそれは、別のアーティストがやってもいい。とにかくこのBUCKLE KÔBÔを事例として、日本に多くのバックルができたらいいなと思ってます」

取材に応じて頂いた寺田倉庫の伊藤さんと、サイドコアの高須さん。施設・アーティストの両面を2人が支える。

3,000以上の工場を有する「モノづくりのまち」大田区。同区では「オープンファクトリー」を掲げ、工場を外へ広げて行きたいとさまざまな思案を重ねています。そうしたなかでのBUCKLE KÔBÔは、区を引っ張る先駆的な取り組みになっていることは間違いないようです。

このように形になったのも、「自分たちの島」と愛着を持って受け入れてくれる京浜島の人々の協力があってこそだと話す二人。BUCKLE KÔBÔから、世界に羽ばたくアートが生まれる日もそう遠くはないかもしれません。

【取材協力】

BUCKLE KÔBÔ

寺田倉庫/伊藤 悠さん

SIDE CORE/高須 咲恵さん


【アクセス】

東京都大田区京浜島2丁目11−7

京急平和島駅から京急バスで20分ほど/JR大森駅から京急バスで25分ほど


著者:清水翔太 2020/1/23 (執筆当時の情報に基づいています)
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