足立区六町にある畑付きアパート“花園荘”。「住人同士の絆が“知恵”を生み、良い作物を育てていく」

東京都足立区、綾瀬川の右岸に位置する六町と呼ばれるまちは、家々が林立する住宅密集地です。2005年につくばエクスプレスが開通して以来、とくに駅周辺では、都市開発が盛んに行われる新都市でもある六町駅を降りれば、工事中の建設現場が点在し、これから東京の中核を担っていく新しい住宅都市としての片鱗が伺えます。

そんな“住むまち”六町には、畑付きの住居として、さまざまな層の住民に注目される「花園荘」と呼ばれるアパートがあります。

つくばエクスプレス「六町駅」から徒歩7分ほど歩いたところに位置する「エコアパートⅡ花園荘」。一つ屋根の下に複数の世帯が入居している。

一見普通の共同住宅ですが、家と家のあいだに間仕切りなどの垣根が一切なく、むしろ住居の周りを取り囲む畑を共有している様子。各世帯間で、空間的な隔たりが一切ない設計になっているんです。

そんな花園荘について、大家兼管理人の平田裕之さんは、「昭和の長屋のような空間を再現したかった」と、その意図を語ってくれました。

「ネットの普及などによって、現代は人間関係が少し希薄になってきたなと感じていて。だから近所付き合いが濃厚で、トイレでさえ共有していた昭和の長屋みたいに、『お醤油足りないから貸して』と言い合えるような世帯同士の距離感というのが、再現できたらなと思ったんです」

「そういうなかで、コミュニティ化していくのに、住居者同士の“接点”が必要だなと思いました。それが畑だったんです。というのも、育てるとか、食べるとか、美味しいとか、そういった身体的な感覚って、老若男女かかわらず、共通して持っている感覚なんですよね」

環境教育やコミュニティづくりを専門としている平田裕之さん。

「それに、畑というのは、知識や経験が必要なものだからこそ、お互いにノウハウを教えあったりできますよね。そういう“正解のなさ”が、コミュニティを作るのに大きな意味合いを持つと思いました」

そのような考えから、畑について調べてみたという平田さん。結果、ある民間調査では、4割の人が「チャンスがあれば畑をやってみたい」と考えていることが分かったそうです。

▼ 「育てたい」「美味しくしたい」畑へのポジティブな感情が、エコへの義務感を払拭する



こうした経緯で「畑つき住居」としてオープンに至った花園荘。とはいえ、畑で食物を育てるのには、長期的かつ肉体的な苦労を伴います。

飽きてしまったり、作業を忘れてしまったりといったことを防ぐため、平田さんはその配置にも、工夫を凝らしたと話します。

「前に『ベランダ農園』というのが流行りました。これはベランダに小さな農園をつくって、手軽に楽しむというものなんですが、あまりブームは続かなかった」

手入れの簡単な作物から、レモンのように手入れの難しい作物も育てている。「共同」で営んでいるからこそ、幅広く扱うことができる。

「というのも、ベランダって、なかなか生活のなかに入り込みづらい場所なんですよ。何かあったときにしか行かない。毎日小さな変化を追い続ける『畑』というものとはマッチしなかったんです」

「だから住居の前、生活の導線上に畑を配置するということを考えました。生活の外に畑があるのではなく、生活の中に畑があるのが、ここの特徴です」

玄関口につながる舗道の両脇に広がる畑。家を出入りする際に必ず目がいくような設計になっている。

平田さんの言うとおり、リビングの大窓側、つまり南口に畑が敷かれることで、部屋からも眺められ、かつ玄関に向かうまでに必ず畑を通るような設計になっています。

これにより、こまめに畑の様子をチェックするようになり、「育てる」という一番の醍醐味を住民が享受できるようになったといいます。

このように住民の生活の中に畑作業が根付くことで、花園荘のちょうど中間に位置する共有ラウンジには、畑仕事後に休憩をする住民が集まり、関係性が構築されていくようになりました。

花園荘の南北を受け渡す廊下に位置する共同ラウンジ。住居者同士のコミュニティ形成の場になっている。

現在では畑の話題に限らず、お酒を持ち寄って夜な夜な宴が開かれたり、ラグビーやサッカーの試合をスクリーンを垂らして観戦したりと、よりパブリックな空間になってきたそうです。

このように「コミュニティ化」を目指して選ばれた畑ですが、もうひとつの理由がありました。それは「エコ」。環境教育の専門家でもある平田さんは、このエコロジーの視点からも、畑の存在は必要だったと語ります。

「“エコ”というと、『しなさい』という風に、どうしても命令形になってしまう。でも畑というのは、違うんです。この苗を植えればイチジクを育つよ、とか、生ゴミを肥料にすると野菜の育ちいいよ、とか肯定的なベクトルなんです」



「それに畑というのは、じつはとてもクリエイティブで。例えば同じ野菜でも、育て方によって味が変わる。同じ作物なのに全く味が違う。とにかく育てる側の個性が出るんです」

「そういう楽しみから『育てたい』『もっと美味しくしたい』というポジティブな考えが生まれてくる。『しなさい』というエコのイメージを、『したい』と思わせるのが、畑のクリエイティビティなんです」

▼ 大家ではなく住民として関わることで、“クレーム”ではなく“意見”をもらえる

「住民の一人」となって畑周りの掃除に精を出す平田さん。

エコとコミュニティ、両方の視点からサステイナビリテ(持続可能性)を推し進めていく花園荘。住居者の満足度も高く、常に部屋は埋まっている状態だそうです。

このように住居者に愛されつづける花園荘ですが、クレームなどはほとんどないと言います。その理由について平田さんは、以下の通り語ってくれました。

「クレームというのは、いきなりドンと来ないんです。小さなものが積み重なって、爆発する。逆にいうと、小さな状態で、常に摘んでいけば大きなトラブルにはならないんです」

共同ラウンジの壁に掲示されたホワイトボード。ここで日常の些細な出来事を共有している。

「だから僕は大家というよりは、住人に近い存在でいようと心がけています。なるべく花園荘に顔を出して、掃除をしたり、お話をしたりする。LINEを交換したりなんかもする」

「大家としているから“クレーム”になるわけで、住人の代表、つまりファシリテーターのような存在でいれば、“クレーム”ではなく“意見”になるんです」

取材中も畑の周辺を箒で掃いたり、住人の方にLINEをしたりと、あくまで住居者の代表としての姿を見せてくれた平田さん。最後に、自身の思う花園荘の今後について、話してくれました。

「家というのはどうしても、安い、便利、といった価値で図られることが多い。だからこそ、そういうよくあるチェックボックスでは測れない価値を提供していきたいと思います」



木造2階建てメゾネット形式の6戸が並ぶ花園荘を、「住む人が気軽にエコライフを楽しめるというアパートです」と平田さんは話します。

「六町というのは、とくに都内でも超激戦地。これから家がどんどんできていく新しいまちです。キャッシュフロー的な価値ではなく、創造性、楽しみ、そういった観点から評価されるような家にしたい」

「家を好きにならないと、そのまちに愛着を持てないと思うんですよね」

そう語ってくれた平田さん。畑を好きになることによって、日常が楽しくなり、そのまちが好きになる。エコとコミュニティという強固な基盤があるからこそ、そのようなまちへの愛着は持続していくのかもしれません。


【取材協力】

エコアパートⅡ花園荘/大家兼管理人 平田 裕之さん

【アクセス】

東京都足立区六町一丁目

つくばエクスプレス「六町駅」から徒歩7分ほど


2020/1/30 (執筆当時の情報に基づいています)
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