本屋をシェアするBOOK MANSION「買い手と売り手の境界線が曖昧なところから文化は生まれる」
以前、三鷹の無人本屋「BOOK ROAD」の取材でお世話になった中西さんが長年勤めた大手IT企業を退職し、吉祥寺で新しい挑戦を始めました。
(以前の記事 https://www.housecom.jp/faq/category_town/410/ )
その挑戦とはBOOK MANSION(ブックマンション)という「本屋をシェアする文化」の発信基地を吉祥寺に作ること。
これは店内に150ある本棚をレンタルボックス形式で借り、棚を借りた人たちが本を持ち寄りミニ本屋として本を販売する、いわば皆で運営する小さな本屋の集合体です。
本屋が次々と姿を消していく中、中西さんは本屋というビジネスモデルが時代にそぐわなくなってきていると考えており、これからは「本を媒介とした文化」を醸成する場を作っていくことが大切だと言います。
そこで今回は中西さんに新しい試みに関して詳しくお話を伺ってきました。
中西 功(なかにし・こう)さん。無人古本屋BOOK ROAD店主。1978年11月19日生まれ。立教大学法学部を卒業後、楽天株式会社に入社。ECのコンサルタントやイベントの企画運営に携わる。2013年4月に東京都武蔵野市に建築家である弟との共同制作で 無人古本屋BOOK ROADを開店。2019年7月吉祥寺に、シェアする本屋「ブックマンション」を開店。
▼ 「売り手」と「買い手」の境界線を溶かせば、本屋さんに対する解像度が上がり、新たな文化も醸成される
高橋:BOOK MANSIONはそもそもどういった背景から始まったのですか?
中西:「本屋さんが増える仕組み」を広げたいと思ったんです。僕の本屋を作るというよりも、あくまで取り組みやすい本屋さんのフォーマットを作って、自分で運用し、そのノウハウを共有したかったんですよ。
高橋:その意味ではBOOK MANSIONは本屋というよりも、楽天市場やメルカリのようなサービスに近いものなのでしょうか。こうしたサービスが登場したことで、売り手の数は増えましたよね。
中西:BOOK MANSIONは本屋さんです。それが大前提ではありますが、小さい本屋さんの集合体であるプラットフォームだと思っています。本を販売したい、本好きの人と知り合いたい、本を紹介したいなどいろんな想いを持った方が関わってくれています。
そこには従来の「本屋さん」と「お客さん」のように買い手と売り手という明確な構図はありません。つまりこれまでの1対nではなく、n対nの空間なんです。
高橋:買い手と売り手の境界線が曖昧な空間ってどこかインターネット的ですよね。例えば、メルカリのユーザーは売り手でもあるし、同時に買い手でもある。
中西:はい、時に売り手、時に買い手と行き来できるような状態をつくりたいんです。実際に棚を借りてくれている方が、売り手になって自分の中で変化が起きたと言っていました。
今までは本を買うだけだったのに、ブックマンションで本を売り始めてから本屋に行ったら「このお店の本棚の選書がすごい」と気づかれたみたいです。売り手になったことで、今まで何気なく通っていた本屋さんに対しての解像度が高まったんですよね。
高橋:確かにネットオークションやメルカリの台頭で、一般ユーザーの商品に対するリテラシーが上がりましたよね。
中西:それがですね、僕は個人間取引が増えて、商品に対しての見方が変わったという点よりも、商品をどのように伝えるのかという点、そして実際にどのように送ると相手はどう感じるのかという点が売り手になることで感じることができたのではと思っています。
いつもと違う立場に立つことで見える世界が違ってくると思うんです。
例えば、スーツを売ろうとしたときに、正面からの写真を撮って、サイズと価格だけを表示するとしますよね。すると「裏地はどうなっていますか?」など質問が来ると思うんです。
そこで、「あっ、確かに、スーツを販売されているサイトを見ると、いろんな角度から撮影されているな」ということが実感を持ってわかり、それ以降、そういうサイトを見ると、工夫している点がわかると思うんです。
買い手だけでなく、売り手になると違う立場の世界が一気に見えるんですよね。
それを本でもやってみたいと思ったんです。だからプラットフォームを作りました。
本来、お店を持つという行為はすごく大きなリスクを伴うものです。でも、ブックマンションであれば「ちょっと本屋やってみようかな」と軽いノリで挑戦できる。そして、これまで買い手だった人たちが売り手になることで、本に対する解像度や興味が増して、それが本の文化を育てることにもなると思うんです。
▼ BOOK MANSIONに「欲しいもの」は置いていない
高橋:以前、三鷹の無人本屋BOOK ROADを取材させて頂いたときも感じたのですが、中西さんがつくるお店のお客さんは何か特定の商品を探しにきているわけではないですよね。
中西:たしかに、無人古本屋もBOOK MANSIONも特定の本を購入したいと思ってこられる方はあまりいないですね。それよりも、お店の仕組みに興味を持って訪れてくれる方が多いと思います。その上で、仕組みに共感していただき、本を買って頂けるのだと思います。
そもそもショッピングって衝動的な行為だと思うんです。あらかじめ買いたい本が決まっていて本屋に行くという方もいると思うのですが、ここにはそういう人はあまりいなくて「想定外の買い物」をしにくるんです。
ピンポイントで欲しい本があるのであれば、確かにアマゾンなどネットで買うのが便利ですし、それゆえ特にマイナージャンルの本を購入しようと思った時に小規模の本屋さんに足を運ばない方もいると思います。
でも、ほとんどの消費行動ってそんなにロジカルじゃないと思うんです。「なんだか面白そう」から入って、店を歩いているうちについつい商品を手にとって想定していな方ものを買うという方が多いのではないでしょうか。
高橋:ちなみに来店される方はどういった方が多いのでしょうか?
中西:BOOK MANSIONには主にツイッター、ブログ、取材記事などをみて足を運んでくださる方が多くて、わざわざ遠方からお越しになる方も多いんです。
ネットだとお客さんの属性や情報が把握できますが、リアル店舗では来店したお客さんがどんな人なのかどこから来たのかなんて聞かないですよね。
でも、この店では比較的お客さんに話かけることが多いです。お客さんと店主という立場ではなく、同じものが好きな人同士のような会話をしていて、お客さんも「棚を借りている人と話ができてよかった」と言う人もいます。
そうしていく中でBOOK MANSIONは「好きを可視化する装置」として機能し始めていることに気がつきました。
高橋:好きを可視化する?
▼ 本のプラットフォームに医療関係者が注目するワケ
中西:BOOK MANSIONは「私はこれが好きです」っていう表現の場になっているんです。
BOOK MANSIONで借りていただく本棚は32センチ角で、それぞれが好きなように装飾し、選書もマニアックなものが多く、本の並べ方にも個性があってそれぞれの世界観を作り出しています。棚を通じて、自分の好きな世界を伝えられるんです。
それに加えて他ではやっていないかなりニッチなイベントもやっていて、先日は「書店員入社直後の研修内容を学ぶ会」というイベントを開いたのですがありがたいことに満席になったんです。今は別の職業に就いているけれど、「実は書店員さんになりたかった人」という人が大勢集まったんですよ。
そうやって好きなもの堂々と好きだと言えるという文脈で、最近は医療関係者の方から注目されるようになりました。
高橋:医療関係者?
中西:はい、と言うのも医療関係者の間でBOOK MANSIONが「心が許される場所、緩く依存できる場所」として理解されているからなんです。
実は本当に好きなものを周囲の人に「好き」と声に出して言える人ってそんなに多くないじゃないですか。それは自分をさらけ出しても安心できる場や信用できるコミュニティが周りにあまりないからなのかもしれないです。
高橋:確かに、ツイッターで「趣味用アカウント」などのサブアカウントを作って、普段の生活の中では共有できない趣味仲間とネット上で交流する人たちもいますよね。
中西:BOOK MANSIONはそういう場として機能していると医療関係者の方が仰っていました。やっぱり人は多面的な生き物なので、会社での顔、家庭での顔、趣味の顔がそれぞれ必要なんだと思います。
仮にどれか一つが上手くいかなくなっても、いろんな方向に根を張っている植物が強いのと同じで、緩い形で依存できる場所が多ければ多いほど、その人はレジリエンスが向上し自立していけると思うんですよね。
みんなの中でフラッと立ち寄れる場所としてBOOK MANSIONが機能していければと思います。そして、そうすることが本を介した文化を作っていくことにもなるんだと思います。
◆取材協力
BOOK MANSION/中西功
◆アクセス
東京都武蔵野市吉祥寺本町2丁目13−1
吉祥寺駅から徒歩5分
著者:高橋将人 2020/2/14 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。