“名前のせいで経営難!?” レッズの街の「鹿島湯」が、地域のパブリックスペースになる

新宿まで30分かからないアクセスの良さ、さらに文教地区であり、治安がいいこともあって、「住みたい街ランキング(首都圏版)」の順位をぐんぐん上げている注目の街、浦和。

浦和といえば「浦和レッズ」のこの街に、創業63年目の銭湯「鹿島湯」があります。



「ホームなのにアウェイ。」

「この鹿島は あの鹿島ではありません。」

「肩身は狭いですが、湯船は広いです。」

お店の名前によって一時はお客が遠のいてしまったという「鹿島湯」。そんな折、三代目の坂下三浩(さかしたみつひろ)さんはコピーライターをしている友人と盛り上がり、こうした自虐コピーを“これでもか”と押し出したポスターを貼り出したのでした。



今も昔も浦和レッズ一筋という坂下さんですが、次のように言います。

「鹿島アントラーズの公式ツイッターで、『こんな面白い銭湯が浦和にある』と紹介されて、お店のポスターがバズったんです。そうしたら、『コピーを見に来ました』って、鹿島ファンの人がうちに立ち寄ってくれたんですよ。茨城から自転車で。」

▼ 「本当に誰を信じたらいいのかわからない。でも、人と話してみると救われることがある。」

「鹿島湯」三代目 坂下三浩(さかしたみつひろ)さん(写真右)と、「鹿島湯」常連さんのさいたま市議会議員 冨田かおりさん(写真左)

そんな遊び心のセンスが光る「鹿島湯」を訪れると、イベント「銭湯祭り」のため、本来であれば脱衣所や番台のあるスペース、さらにはお風呂の洗い場まで大人と子どもが集まっていました。

「これだけのことができるスペースが昼間の3時まで、半日使われてないって勿体無いじゃないですか。」

そう話す坂下さんの言葉通り、「住みたい街」としても人気の浦和ですから、人口の増加によって公共のコミュニティスペースを確保することが、ますます難しくなってきているという事情があります。

「鹿島湯」は2年ほど前から、午後3時の営業開始前の時間を活用してイベントなどのために場所を開放され、地域の人の集まる“パブリックスペース”としても利用されています。



「鹿島湯」では空いている時間の銭湯を、コンサートやフラダンス、ヨガ教室、はたまた昨年はドローンレースなどにも活用し、まだまだ何かできないかとアイデア募集中です。

坂下さんは「鹿島湯」のイベントで、いろんな“きっかけ”が生まれたらいいとして次のように言いました。

「人と人って実はつながりにくくなってると思うんですよ。警戒して、お隣さんとも疎遠になりがちな時代で、本当に誰を信じたらいいのかわからない。」

「でも、こうしたイベントをするといろいろな人が集まってくれるんです。初めて会った人でも話してみると同じ悩みを抱えていたりして、それがきっかけになって苦しさを解消できることもある。『ああ、自分だけじゃなかったんだ』って。」

浦和のお米屋さん「本田商店」の本田さんも、この日初めて「鹿島湯」を訪れた一人です。

今回、「銭湯祭り」の目玉となる餅つきのため、もち米6升(=60合)の注文を受けたのが「本田商店」で、本田さんは次のようにお話を聞かせてくれました。

「うちの米屋も主人で三代目なんです。『鹿島湯』の坂下さんも三代目として継ぐかどうかを悩んでっていうお話だったので…。うちも、『米屋は先がないから継がせる気はなかった』ってお父さんが言っていました。でも、主人がやってみたいとお店を継いでみて、主人は今すごく楽しんでやっています。」

“三代目”という同じ立場で見えること、共感できることがあるように、「鹿島湯」でのイベントをきっかけとして、同じ街に暮らす同世代、同じような境遇の人たちが知り合ってつながりが生まれています。


▼ 地域の子どもたちに、「自分の意見って伝わるんだな」という経験を積み重ねて大人になってほしい

「鹿島湯」が注目されるきっかけになったツイッターが全国4500万のユーザー数を抱えているというように、SNSによって今の社会では、場所を問わずに人と人がつながりやすくなっているように見えます。

その反面、自分の暮らす街のご近所にも実はいろいろな人が暮らしているということは、見えにくくなっているのかもしれません。

街の和菓子屋さんも餡子やきな粉を携えて、「銭湯祭り」に参加

「銭湯祭り」の餅つき中、子どもたちが杵を振り下ろす様子を見守っていたのは、「鹿島湯」から徒歩2分のところに在住の冨田かおりさん。

次のようにお話してくれました。

「子どもたちは昼間は学校にいるか、保育所にいるか。お父さんもお母さんも働いている世帯が多いので、地域の子どもを見る機会ってなかなかないんですね。大きな公園や郊外のイオンでしか見かけない。」

「でも、こういうイベントがあると、ワサワサって子どもが集まってくる。『この地域にこんなに子どもがいたんだな』って知るきっかけになるんです。」

近所の大人と子供の交流があったほうが、地域は豊かになるのではないだろうか。

冨田さんは続けます。

「銭湯にわざわざ行くのも、みんなの前で裸になるのも…と思う人もいるかなと思います。私も、『近所だしさぁ』『仕事柄さぁ』とか思ったりしましたけど、1回入っちゃえばどうってことなかった。近所の小学生の女子たちとたまに一緒にお風呂に入ったりもしてます。」

さいたま市で議員をされているため、街のあちこちにご自身のポスターが貼られている冨田さん。

「鹿島湯」で常連の小学生と“風呂友”になり、「子どもたちがこういうふうに言ってるんだけど、大人たちはそれをどうやって実現させたらいいか」と、日々考えるようになったそうです。



「家にキッチンがあるのに外食をする」というのは何の不思議もありませんが、「お風呂があるのに銭湯に行く」というのは一般的でない今の時代、銭湯の高い煙突もビルの陰に隠れ、銭湯がこんなに近所にあったのかと「鹿島湯」のイベントで初めて知る、地域の方は少なくありません。

「鹿島湯」にそんな“初めての人”が訪れる大きなきっかけとなったイベントは、2年前に「鹿島湯」で実現した銭湯コンサートでした。

天井の高い、「鹿島湯」の歴史ある木造建築が叶える音の響き。2、3ヶ月ごとに開催されるようになったこちらのコンサートは徒歩3分のところに暮らすソプラノ歌手 福島さんが主催するもので、福島さんは毎回3000枚のチラシを刷り、地域にポスティングしているのだそうです。

福島さんは次のように言います。

「コンサートには普段銭湯に来ない方をなるべくお呼びしたい。『銭湯は初めて』という方もいっぱいいらっしゃるし、若い方にもお子さんにも楽しんでもらえる場になればと思ってやっています。」

いつもコンサートのオープニングでは、ドリフターズの「いい湯だな」を鹿島湯バージョンで、「こ〜こ〜は〜かし〜まゆ、う〜ら〜わ〜の〜ゆ」とみんなで一緒に歌うそうです。

▼ 「自分一人のためにお風呂沸かしてもさ…」銭湯の数は減っても、銭湯に行く人の楽しみは減らない

今年3年目となる鹿島湯の「銭湯祭り」に集まった地域のみなさん。

振り返れば昭和の東京オリンピック当時、東京では田んぼに銭湯が建つとその周りに商店が生まれ、地価が上がり、銭湯の周辺は“湯前街”として賑わったといいます。

その頃から続いてきた東京の銭湯は昨今、1週間に1軒のペースで廃業しているそうです。

前回の東京オリンピックの頃に、銭湯建築の大工だった先先代が自らの手で建てた「鹿島湯」。歴史的価値があると、建築家からの評価も高い。

しかし、そうした統計では見えてこない、常連客の銭湯への想いを知った坂下さんは、「この地域から銭湯をなくす」という決断ができませんでした。

坂下さんは次のように言います。

「同級生のお母さんが僕に言うんですよ。『みっちゃん、お店続けて。私たち他に集まるとこないし、本当にお風呂に入るの楽しみにしてるの。』その言葉にジーンときちゃって…」

「お客さんにとって銭湯は、“贅沢”というよりも“日課”になっている。銭湯が休みになると『どうしよう』って言うんですよ。『いやいや、家にお風呂あるでしょ』と思うかもしれないですけど、『自分一人のためにお風呂沸かしてもさ…』っていう人は、少なくないんですよ。」

前職は議員秘書を務め、今の倍以上の給料をいただいていたという坂下さんですが、こうしてそれぞれの常連さんの事情がみえてくる銭湯という仕事の意義を次のように語ってくれました。

「うちに来るお客さんは、家にお風呂のないお客さんって一人もないんですよ。でも、銭湯に行くのが日課になっていたり、楽しみになっていたりするんです。そういう場所をね、簡単に終わらせちゃいけないなって…。」

モノが無くて困る時代からだいぶ進んだ今の社会にも、住んでいる地域の中に「毎日の楽しみになること」は、そんなに多くはないのかもしれません。



銭湯というと下町がイメージされがちですが、浦和のような、街が発展してお互いの顔が見えにくくなってきた都会においてこそ、無くしてはならない場所なのかもしれません。

「待ち合わせも、昔は『鹿島湯に集合』だったのか、今はそこのスタバですよ」と、今日も自虐ネタが絶好調の坂下さん。

昨年は台風によって煙突が折れ、営業を続けられなくなった銭湯が数多くありました。

「鹿島湯」でも煙突を心配する声がありますが、地域の理解や行政のサポートなくしては、本腰を入れてメンテナンスに着手することはできません。

常連さんは、ここが地域にとってかけがえのない場所だと伝えるためにも、これからも銭湯に通い、入浴料を払い続けていきたいとお話されていました。

銭湯の存在を煙突で示すことができない時代ですが、銭湯の空間で生まれるコミュニティの豊かさによって、「鹿島湯」の存在感はこの浦和の街に膨らんでいます。

⬛︎取材協力

「鹿島湯」三代目 坂下三浩(さかしたみつひろ)さん

「鹿島湯」は、浦和駅から徒歩15分、中浦和駅から徒歩10分、武蔵浦和駅から徒歩15分


2020/2/10 (執筆当時の情報に基づいています)
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