自転車に乗ったら、東京の中心はコンパクトだった。茅場町の「東京グレートツアーズ」

2019年、日本に訪れる外国人旅行者数が3000万を突破したと大きなニュースになりました。

それでは15年前の2005年にその数がどのくらいだったのかというと、2019年の五分の一にも届かない、たった670万人ほどでしかなかったことはあまり知られていないのではないでしょうか。

まだその頃に、外国から日本に旅行に来る人のために何かサービスをしたいと立ち上がったのが、現在、茅場町にオフィスを構える「東京グレートツアーズ」でした。

ウェブサイトも完全英語版の「東京グレートツアーズ」。広告は打っていないため、ほとんどのお客さんが口コミで訪れる。

「東京グレートツアーズ」発起人の肥塚由紀子(こえづか ゆきこ)さんは始めた頃を思い起こし、次のように言いました。

「最初は自転車4台、友達4人で始めたんですね。私以外はみんな平日に別の仕事をしていたので、天気のいい週末に自転車乗ってお客さんと話しながらまちめぐりしたら楽しいよね、っていうくらいの気持ちで始めたんです。」

平日、満員電車に揺られ、臨戦態勢で移動しているストレスから自由になれる自転車の旅。

自分たちがこんなに楽しいのだから観光客向けにやっても楽しいんじゃないか…と考えたのが最初のきっかけだったそうです。

「東京グレートツアーズ」では、安全だけど楽しい道を行くのが基本。大通りよりも裏道をなるべく使う。

肥塚さんは続けます。

「当時池尻大橋に住んでいて、池尻から自転車で東京タワーまで行ったりしていたんですね。渋谷は本当に“谷”なんだなーとか、結構坂もあるんですけど、自転車で東京タワーが見えてくると『東京タワー、キター!』って感動するんですよ。」

「意外と東京の中心部はコンパクトなんだな、自転車だったら30分あったらここまで行けちゃうんだな、って。東京のなんでもない路地を行くのも楽しかったりする。」

通勤で通り過ぎているような駅名でしか知らない街が実は自転車でもアクセス可能だというのは、よく考えれば当たり前のことです。

しかし、普段近所のコンビニやスーパーに行く程度しか自転車に乗らないでいたら、“30分自転車に乗ったら…”、あるいは“半日自転車に乗ったら…”と考えても、どこまでいけるのか想像はつきません。



例えば、「東京グレートツアーズ」のツアー出発地点になっている茅場町は、東京駅から湾岸に1kmほどの近さにある街。

茅場町からさらに湾岸へ数百メートル、中央大橋を越えたところには「佃島」(つくだじま)という街があります。

佃島はその名の通り、佃煮の発祥地の地でもあり、その昔、徳川幕府が大阪の方から漁師を招き、彼らは江戸湾で漁業をして将軍家に魚介を献上していました。

さらに彼らが商売をしていた「日本橋魚河岸」は後の築地市場のように大変賑わっていたそうです。

佃島周辺の江戸時代と現在の地図

東京駅周辺に高層ビルが立ち並ぶ一方で、佃島の街は戦災を逃れ、今も古い趣のある街並みが残っています。

茅場町を中心にそうした街のつながりや、東京の変化を自転車で走って感じた人たちは次のように言うそうです。

「樹齢何百年というような大きな木を残してビルが建っている。ビルの脇に小さな祠がある。古いものと新しいものが混在しているの東京は面白い」

▼ 日本ならではのコンテンツ「自転車といえば “紙芝居”」

肥塚さん「地下鉄とかで行くところにも自転車で行ける。また違う角度で街を見ると、感動があったりとかするので、街を発見するのに自転車で移動するのは楽しいですよ。」

「東京グレートツアーズ」では現在、オフィスのある茅場町を出発して戻って来る9つのコースを設けており、1日コースではお台場に行ったり、皇居に行ったり、六本木や上野の方まで行くこともあるそうです。

こうした王道コース以外にも、一般のツーリストの人が行かない“通な人向け”のコースや、建築巡りをするコースもあり、さらには昨年から村上春樹の足跡を辿るコースなども始めました。

そうしたコースを一緒に走るガイドは現在25名おり、それぞれのやり方で工夫をしてガイドをしているそうですが、みんな必ず使っているのが“紙芝居”。



その理由を、肥塚さんは次のようにお話ししてくれました。

「自転車があるっていったら、なんか紙芝居があったらいいんじゃないかなって。昔テレビが普及する前は、公園で紙芝居のおじさんが、自転車で紙芝居と水飴を持ってきて、子どもたちは水飴を買ってぺろぺろと舐めながら、おじさんの話す紙芝居を聞いていたんですよね。」

「木の枠がついているような紙芝居で、桃太郎の話とかするわけじゃないですか。でも木の枠を持っていくのは大変だからスケッチブックにしました。このスケッチブックは紙芝居のイメージなんです。」

15年前と比べると、東京にも外国人ツーリスト向けの自転車ツアーを企画する会社は増えました。

そうした中で、世界の中の日本の位置、日本の中の東京の位置、そして今日行くルートの説明、それからその街の昔と今の違いなど、すべて日本ならではともいえるこの“紙芝居”でガイドしていくのが「東京グレートツアーズ」の大きな魅力になっています。

▼ 自転車で走っていたら、東京の運河でもツアーをしたくなった



自転車ツアーとして始まった「東京グレートツアーズ」ですが、10年前ほど前にはカヤックでのツアーも始めました。

それももともとは肥塚さんたちが自転車で東京を走っていた時に、「東京って意外と運河があるな」と感じたことがきっかけだったそうです。



オフィスビルの裏口からカヤックを出して出発する。下町の人付き合いの中で「カヤックするならどう?」と紹介してもらえた物件だった。

この茅場町の運河接続状態のビルに引っ越して、本格的に始動したカヤックツアーはほとんど宣伝していないにもかかわらず年々参加者が増えており、昨年には500人ほどにもなったそうです。

「都心部で運河に簡単にカヤックを出せる場所はここしかない」と肥塚さんのいうように、東京在住の人にとって“カヤックで移動”というアイデアはゼロに近いかもしれません。

観光という意味ではカヤックは、有名なところにアクセスできるわけではないため、参加者には外国からの観光客よりも東京に住んでる外国人の方が目立ちます。

「いつも御茶ノ水駅から見ていた神田川をカヤックできる」とか、「日本橋川をいつも渡っていたけど、その下をカヤックで通ることができる」といった、普段と別の角度から街を見るのを楽しんでいる人が多いようです。

▼ ツアーの参加者とする話は、すでに“友達同士”の会話



例えば車でいうと、世界でわずか1割の人しか買えませんが、それに対して自転車は、世界の8割の人が買うことができるといいます。

自転車に乗ることは世界的にハードルが低い上に、バスに「連れて行かれる」観光と違って、自転車ツアーは「自分の力で行く」という性質も手伝ってか、ガイドと参加者にフラットな関係ができやすいところもあるのかもしれません。

肥塚さんは次のように言いました。

「例えばご飯の時間になると、『子どもの学校はどんな仕組みになっているの?』とかって話になったりもします。『なんであんなピンヒールを履いて自転車乗ってるの?』とか、『新宿だったらラーメン屋さんどこがいい?』とか。」

「お互いにツアーが終わってからここでビアータイムをしてビールを飲んだりするんですけど、子供はジュース飲んだりして。お互いに『昨日行ったとこはすごい良かったよ』とか、お客さん同士で情報交換をされていますね。」

「リピーターも多いので、逆に私が相手の国に行く時には会いに行ったりします。全員となれるわけじゃないですけど、何人もそういう友達はいますね。『なんでこの人と知り合ったんだっけ?あ、元お客さんだった』みたいな。」

こんな誰も通っていない路地でも、「全然ゴミが落ちていないね」という反応をよくもらう。「ゴミ箱がないのに綺麗だね」と。日本の良さを再発見する旅でもある。

昔ながらの和菓子屋さんで買いものをして、その近くの公園で食べるというような、地元の人たちの暮らしのワンシーンも取り入れながら走る、「東京グレートツアーズ」。

「『外国人がたくさん来て、自転車止めて、パーって帰っちゃったよ』みたいな印象じゃなくて、少しでもお金を落としたい。また来てねって歓迎される存在でいたい。それは、茅場町にいるこの街の人たちに対してもそうだし、行く先々の街でも同じ気持ちです。」

自転車を停める時も、なるべく広がらない、ご近所の邪魔にならないように停めようという、そこから伝わる暮らしの美学ようなところも、ツアー参加者たちには伝わっていることでしょう。

東京の街から街へ、自転車でもカヤックでも、思ったよりも随分遠くに行ける「東京グレートツアーズ」。

その紙芝居で、日本を中心とした世界地図を見せながら「世界の中心へようこそ」と始めると、それぞれ自国で自分の国を中心に地図を見てきた人たちは驚き、笑うそうです。

路線図から離れて地図を開き見方を変えてみると、遠いと思っていた街は意外なほど近くて、自分の力でもっといろんな街へ行けるかもしれないと、改めて気づくことがあるかもしれません。


⬛︎取材協力

「東京グレートツアーズ」肥塚由紀子(こえづか ゆきこ)さん

東京メトロ東西線「茅場町」駅から 徒歩5分


著者:関希実子・早川直輝 2020/2/27 (執筆当時の情報に基づいています)
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