観光情報メディアとしてのホテル「星野リゾート OMO5東京大塚」がまちの価値を上げる
経営に行き詰まった旅館やリゾート施設の事業を再生するなど、リゾート運営で手腕を発揮してきたしてきた星野リゾートが東京・大塚にこれまでとはテイストの異なる都市観光ホテル「OMO5東京大塚」をオープンしました。
同ホテルでは、ホテルのスタッフが自らの足でまちを歩き、地域の魅力を発見・編集・発信することで、ホテルを単に寝るためだけの施設ではなく「観光情報メディア」として機能させています。
そこで今回は広報担当である栗原幸英さんに詳しくお話を伺ってきました。
ホテルのスタッフ自らがローカルの魅力を発掘し、それを伝わりやすい形に編集して宿泊客に伝えるOMO5東京大塚は、さながらローカル情報の編集室のような存在です。
開業の半年前から数人のスタッフが自分が観光客になった気分で大塚のまちを思いつくままに練り歩き、「まずは自分が本当に面白いと思えるもの」を見つけること、そして地元の方との関係構築に多くの時間を費やしてきたと言います。
林精肉店さん「星野リゾートさんが大塚にやってきから、観光客の方が増えてまちが賑やかになりました」
千成もなか本舗さん「星野リゾートさんとは仲良くさせていただいていて、最近は一緒にコラボスイーツを作ったんですよ」
マルキク矢島園さん「星野リゾートさんでうちのお茶を取り扱ってもらっています。たまにホテルで実演販売もさせて頂いているんですよ」
そんなOMO5東京大塚のメインのコンテンツは、「ご近所ガイド OMOレンジャー」と呼ばれる大塚のまちを知り尽くしたスタッフが、宿泊客をまちに連れ出しガイドブックに載っていない穴場へと案内するサービスです。
これは名物女将が切り盛りする飲食店や面白い常連さんが集まるスナックなどガイドブックに載っていない大塚の穴場を一緒に回るというサービスなのですが、興味深いことに、OMOレンジャーたちはまちの案内に際して宿泊客の要望を一切聞かないというのです。
▼ OMO5東京大塚のツアーガイドは顧客の要望を聞かない
(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
「『要望を聞かない』という言うと少し高圧的に感じてしまうかもしれませんね(笑)ただ、私たちはコンシェルジュではないので、あくまでも友達に地元の行きつけの店を案内するといったイメージに近いです」
「『お客様は何を食べたいですか?』というコンシェルジュのような姿勢だと、まちとの出会いを100%楽しめないと私たちは考えています。お客様の要望を聞くだけになってしまうと、それはお客様ご自身がスマホで調べることができることですし、そうした姿勢ではお客様ご自身が求めているものにしか触れることができません」
「OMOレンジャーの役割は、お客様に“思いがけない”面白さを伝えることです。だからこそ、あえて要望は聞かないというスタンスを取っています。お客様の中には『こんな店に行くの!?』とビックリされる方も少なくありませんが、ツアーが終わる頃には『あー楽しかった!』と大変満足していただいています」
(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
そこで気になるのがOMOレンジャーが宿泊客を案内するお店。栗原さんにOMOレンジャーが紹介するお店の基準を伺ったところ、「美味しい」以上の体験ができる店が絶対条件だと話していました。
「美味しい店と言うのはグルメサイトの評価を見れば分かってしまうものですよね。そこでOMO5東京大塚では、お店の方の人柄や常連さんとの連帯感など数値化できない『美味しい』以上の価値をコンテンツにしているのです」
「残念ながら基準はマニュアルのようなものでは作ることができません。そのため、実際にスタッフが何十軒、何百軒と店に足を運んで『楽しかった』と感じた原体験をコンテンツにしています」
▼ “サービス”と“おもてなし”は違う「自動車業界から得たヒントで最高のおもてなしを提供する」
(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
宿泊客の要望をあえて聞かないこうした取り組みの背景にあったのは、星野リゾートの「サービス」と「おもてなし」に対する哲学でした。同社ではこの2つの概念を明確に区別しているようです。
一般的に「サービス」とは顧客のニーズに答えることを指します。
例えば、外資系高級ホテルは顧客のニーズを先回りして提供する仕組み作りに非常に長けており、この土俵では日系ホテルは付加価値を出しにくいのだそうです。
一方、「おもてなし」とは“ニーズにないもの”、つまり顧客自身ですら気づいていなかった“本当に欲しいもの”を想像力を働かせながら提供することを指します。
外資系ホテルは顧客のニーズをいち早く満たすことは得意であるものの、「おもてなし」を提供することは大の苦手。そこで、星野リゾートでは他社との競争力を高めるために「おもてなし」を生み出すことに多くの時間を割いているそうです。
そうした哲学のもと生まれたのが「顧客の要望を聞かないツアーガイド」だったのです。
ここで興味深いのは、こうした哲学を具現化するために星野リゾートが採用しているのがトヨタを始めとする自動車業界からヒントを得た「マルチタスク」の考え方だという点です。
かつて自動車メーカーとして世界最大だった米ゼネラル・モーターズを、後発のトヨタがあっという間に抜き去ったのは、一人の作業員が一人で複数の工程を自ら遂行できる組織づくりを行ってきたからです。
一人の作業員があらゆる業務に精通していることによって、最小限の人員の中でイレギュラーな対応をカバーしながら業務を進めることができるため、柔軟性が高くなおかつ生産性を高く保つことができるというものです。
マルチタスクが生産性の向上だけでなく、顧客満足度の向上にもつながるという考えの元 、星野リゾートは製造業から学んだノウハウを生かして、労働の集約を急速に行い、一人のスタッフが接客から清掃までを兼務することで生産性と顧客満足度を同時に向上させてきたと栗原さんは話します。
(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
「星野リゾートがマルチタスクを採用する理由は、生産性はもちろんのこと第一にお客様に対して最適なおもてなしを提供するためなのです。通常のホテルはフロントや清掃などセクションごとに分かれており、互いの業務内容が分からないがゆえにセクション同士の連携が機能しないケースが多くみられます」
「マルチタスクを採用し、一人のスタッフがフロントから清掃まで全て担当できるようになると、自分の持ち場だけではなくホテル全体を俯瞰して動けるようになるのです」
「例えば、受付の際にお客様が誕生日だと分かればレストランスタッフにお祝いケーキを準備できないか打診したり、お子様連れのお客様の場合は大塚の都電が見える部屋をその場でご準備したりすることができるようになります」
「また、OMO5東京大塚ではすべてのスタッフがOMOレンジャーとして活躍しているので、全員が大塚のまちに詳しいですし、スタッフごとに異なるおすすめスポットがあるので、お客様とのふとした会話の中でもまちの魅力を伝えることができるのです」
▼ OMO5東京大塚×地元の老舗店で、新しい大塚の名物を生み出す
フルーツもなか(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
大塚のまちを訪れた宿泊客にとって、まちの観光案内所のような役割を果たすOMO5東京大塚。
栗原さんによれば、開業前からスタッフが地道に地域との関係構築に努めた結果、星野リゾートと大塚のまちの間で化学反応が起き始めたそうです。
取材中に出していただいた「フルーツもなか」。実はこれは大塚の老舗和菓子屋さん、老舗果物屋さん、そしてOMO5東京大塚とのコラボで生まれた新感覚スイーツで、もなかと一緒に提供しているお茶も地元のお店から仕入れているのだそうです。
(写真提供:星野リゾート OMO5東京大塚)
「これはご近所さんコラボ商品で『OMOなかサンド』という商品なのですが、80年以上続く『千成もなか本舗』さんのもなか皮と、50年以上続く『フルーツすぎ』さんの厳選したフルーツを使った商品なんです」
「この商品が生まれた背景にあるのは、実はOMOレンジャーなのです。毎日まちを練り歩く中、お店との関係性が深くなってきて、何か一緒に出来ることがあるのではないかと話し合うようになりました。そこで『大塚の名物をつくろう』という一言から一気に商品開発までこぎ着けたのです」
「その意味では『OMOなかサンド』はOMO5東京大塚が大塚のまちの皆様と関係性を作ってきた延長線上にある商品なんです。お客様からもご好評で、この商品をキッカケに『このモナカ屋さんどこにあるんですか?』『このフルーツ屋さん行ってみたいです』といった声をいただいております。そしてそれがお客様ご自身がまちに出ていくキッカケにもなっているんです」
地元の老舗店とのコラボレーションによって大塚の名物を開発するこうした試みに加えて、OMO5東京大塚では「本日のご近所さん」という地元のお店の実演販売を行うイベントがフロントで行われています。
実演販売では地元のお茶屋さんやクラフトビールのお店が販売を行っており、これらの商品は大塚の名物ではないものの、「店主のお父さんが面白い」といった切り口でお店の方の人柄を大塚の名物として紹介しているのだそうです。
こうして見てみてるとOMO5東京大塚は、大塚のまちの魅力をプレゼンテーションする場として、あるいはまちの生の情報を発信する観光情報メディアとしての役割を地域で担っていることが分かります。
まちの魅力を引き出し発信する観光情報メディアとしてのホテルは、まちの価値を底上げする存在だと言えるのかもしれません。
◆取材協力
星野リゾート OMO5東京大塚・広報/栗原 幸英
【アクセス】
東京都豊島区北大塚2-26-1
JR山手線大塚駅から徒歩1分
【公式ページ】
https://omo-hotels.com/otsuka/
2020/3/3 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。