産業都市・日野にある市民たちのモノづくり拠点、表現工房。「大人も子供も、誰もがクリエイターになる時代」
東京都多摩地域の南部に位置する日野市。都心部から電車で30分ほどの場所にある同市は、多摩川に隣接するなど、自然豊かなまちとして知られている一方、産業都市、モノづくり都市としても有名です。
数年前までは、都で工業生産出荷額等が第1位だった同市。現在も医療やエネルギーなどの社会課題に直結する分野で活躍する大手メーカーが、研究所や工場を多く置いています。
そんな同市の中心的な駅である豊田駅には、主に近隣に住む人たちを対象に、モノづくりの楽しさを伝えつづけている教室があります。その名は、表現工房。
JR豊田駅から徒歩10分ほどの場所に位置する「表現工房」。図工室のような内観は、親しみやすさを感じさせる。
代表の嶋本一彦さんは、普段の仕事で余った材料や、使用している専門的な道具を教室で自由に使えるようにすることで、もっと身近に、かつ本格的なものづくりの楽しさを、まちのみんなに知ってもらいたいと日々奮闘しています。
▼ ここに来れば、みんなが表現者に。大人も子供も入り混じった、新しい図工の授業。
家具や雑貨、楽器にバイクといった実用的なものから、ジオラマやキャラクターアートなどの作品的なものまで、多岐に渡って作られているという表現工房。
地元メディアなどで取り上げられたこともあり、いまや日野市民のモノづくり拠点ともなっています。嶋本さんはこの取り組みについて、以下のように語ってくれました。
「現代では、スマホやネットの普及によって、無形のものが増えてきています。学校でも会社でも、PCやタブレットが取り入れられている。そういうなかで、形あるものの価値にも、改めて注目してほしいというのがありました」
代表の嶋本一彦さん。幼い頃から芸術やものづくりに興味があり、美大を卒業後、美術講師を経て、 八王子と日野に作業所を開業。溶接や板金などの知識を活かし、一品物を作り続けている。
嶋本さんの言うように、モノや情報が溢れたことで、わざわざ店舗に出向くまでもなく、ネットを通じ製品が向こうからやってくる、この大量消費社会。
修理する、長持ちさせる、といった意識から、買い替える、という意識に大きく転換されている現代だからこそ、自分自身でモノを作るという行為は、確かにハードルが高いのかもしれません。
一方で、古くは縄文時代の土器など、人類の土台となる多くの文化がモノづくりから始まっていることからも分かる通り、自分で作るという感覚は、人間の本能とも関係しているようです。
現に、表現工房にはモノづくりが好きな老若男女、幅広い層が生徒として在籍しています。このことを考えると、モノを作る「欲求」がないというよりは「機会(場)」がないと考えたほうが正しいのかもしれません。
嶋本さん自身も、気軽にできるモノづくりの場はあまり多くないと、以下の通り語ってくれました。
「何かを作りたいと思っても、家にはもちろん道具や材料がないし、何より散らかすと片付けが面倒。子供の場合、学校で『図工』の授業があるけど、他の教科が増えたことで時間は圧縮されてきている。さらに各自が作りたいものを自由に作るのは、授業の性質上かなり難しい」
工房に集まる生徒たち。子供は飽き性だからこそ、次々と異なるタイプの作品を作っていくという。
「だからそれとは真逆で、色んな材料や道具を使って自由に創作活動が出来て、思いっきり散らかしても大丈夫。そんな場所を作ってやろうと思ったんですよね」
職業としてモノづくりに携わっている嶋本さんだからこそ、その創作の幅も、多岐に渡る表現工房。
現在では、「手作りバイク塾」といった長期間でのバイク造りや、「鉄と木倶楽部」と名付けられた溶接や裁断機を使った本格的な家具づくりなど、より実践的なコースも用意されています。
そうした様々な活動を続けていくなかで、子供と大人では創作活動へのアプローチも少し異なっていると、嶋本さんは話してくれました。
「低学年以下の子は、頭でイメージしたものを吐き出すようにどんどん製作していきます。多少歪んでいようが、強度がなかろうが問題なし。イメージしたものの結果が早く見たい。そんな調子なので、ほとんどの場合が失敗か危うい感じになります」
古代を再現したジオラマ。土台を発泡スチロールで作ったり、木の幹を楊枝で表現したりと、日用品を応用することで作られたのだそう。
「それが高学年になってくると今まで気にもしていなかった歪みが気になりだして、完成までの工程を思い描く事が出来るようになります。これまでの経験から失敗を回避して作れる様になる訳です。大人になるとさらにその完成度は上がっていきます」
そうした一方で、大人も子供も根っこは同じであり、製作物の方向性が全く異なっていても、そこには「共通の童心」があると、嶋本さんは話します。
「子供の頃に作った空想の生き物が、大人になって椅子作りに変わったとしても、そこにあるのは、子供の頃からずっと持ち続けた『イメージしたものを作りたい』『表現したい』という純粋な探求心です」
「モノづくりをしない人達からすれば、巷に安くて高品質なものがたくさん売られているのに時間とお金をかけて椅子を作る意味だとか、置いておくしか使い道のない空想の生き物の模型なんて、非合理的なもの以外の何物でもないと思います」
「けれど、何もないところから、自分のイメージしたものを自らの手で作りだして表現することが出来るというのは、素晴らしいことです。イメージする力とそれを生み出す力、その二つの力を持っている。それってすごくないですか?」
▼ モノをつくるには、道具も材料も足りていない日本。だからこそ自然と「器用さ」が育った。
工房に置かれる作品の数々は、どれも完成度が高く、子供にしろ大人にしろ、細部までこだわる人が多いようです。
こうした、こだわりや器用さといった部分は、本人の能力以前に、古くから日本人の長所としても捉えられて来ました。
嶋本さんは、そのように日本人の手先が器用になっていった背景ついて「道具や材料が、海外に比べ不足しているからこそ、そのぶん手先で補うようになっていった」と分析します。
確かに世界の主要国の多くは、自国内に石油、石炭、天然ガスを持ち、国産エネルギーでかなりの部分を賄っている資源保有国。その一方で、ほとんどを輸入に頼っているのが日本です。資源が少ないからこそ、勿論、そこから生まれる道具や材料も少ない。
それでも日本の1人当たりのGDPが高いのは、安い資源で高付加価値のものを生み出しているという点が関係しており、やはり少ない道具や材料でモノづくりをするための知恵が育っていったこと考えられそうです。
なんでもある時代と言われながらも、モノづくりの視点から見るとないものだらけの日本。だからこそ育った知恵が、日本人の器用さを育てて来たのかもしれません。
現在では嶋本さんの他にも、絵画や陶芸といった分野の各専門家も講師として入り、よりモノづくりの幅が広がってきている表現工房。
最後に工房のあるモノづくり都市・日野について、その未来も含め、嶋本さんは次のように話してくれました。
「日野のいいところは、都会と自然が同居しているところです。都心に営業を行ったりするにもアクセスがいいですし、一方自然が多いから、モノづくりのスペースもとれる。まちとしては小さいですが、ここから日本を代表する商品や産業が生まれたりしたら嬉しいです」
現在では生徒自身が、空き教室を利用して自主的にサークル活動を行ったり、モノづくりYouTuberとして活躍する人も出てきている表現工房。小さなまちの小さなモノづくりが、世界へ羽ばたいていく日も遠くはないかもしれません。
【取材協力】
表現工房 代表/嶋本 一彦さん
【アクセス】
東京都日野市多摩平1丁目5-12 タカラ豊田ホームズ109
JR豊田駅から徒歩10分ほど
著者:清水翔太 2020/3/26 (執筆当時の情報に基づいています)
※本記事はライターの取材および見解に基づくものであり、ハウスコム社の立場、戦略、意見を代表するものではない場合があります。あらかじめご了承ください。