「最高の仕事仲間であり、最高のママ友」内職で繋がる足立区ママたちのコミュニティ、T&E
東京都区部の北東部に位置し、都のベッドタウンともなっている足立区。昼間人口よりも夜間人口のほうが多く、沢山の区民が都心部に働きに出ていることが分かります。
一方で、昼間、区のなかにとどまることが多いのがママ世代。買い物などの消費活動、子を幼稚園に送り迎えをしたり公園で遊ばせたりといったことも、区内で完結することがほとんどのようです。
そうしたなか、接する人間やコミュニティが固定化してくることから、息苦しさやストレスを感じる人も多いこの世代。同区の西新井、綾瀬というまちには、そのような状況を打開しようと、日常のコミュニティとは一線を画したママたちの集いがあります。
足立区綾瀬に集まるママと地域の人々。古着屋の二階を間借りし、ハンドメイドの子供用アクセサリを作っている。(写真提供:T&E)
それは「内職」コミュニティ。子供向けのハンドメイドアクセサリなどのモノづくりを通し、普段接することのない区内の人たちと自然と触れ合える場となっています。
各自宅に材料などを持ち帰り、それぞれのタイミングで自宅で作業。それを1月に何度か、西新井や綾瀬の作業所に持ち込み、皆で談笑したりノウハウを共有したりしながら、一斉に梱包、検品等の作業を行う。
談笑や集いそのものを目的とするのではなく、あくまでモノづくりを媒介としていることで、自然なコミュニケーションが生まれるママたちの新しいコミュニティとなっています。
▼ 「理想のママ」から「自分らしいママ」へ。モノづくりを通して自らの個性と向き合う。
そんなシステムを作り上げたのは、同区西新井に拠点を置くT&E JAPAN株式会社代表の染谷江里さん。自身も幼い子を持つ母です。
染谷さんは、このような内職コミュニティを作ろうと思ったきっかけのひとつに、「母」という存在に求められる息苦しさがあった、と以下のように話してくれました。
「自分がママになって感じるようになったんですが、世間には『理想のママ像』みたいなものが確かにあって、それに近づかなければいけないと、息苦しくなっている人が多くいます」
「雑誌やテレビなどで見かける『ママ』は極めて理想的に描かれていて、『気を抜かない』というメッセージを感じてしまうことがある。現実と比較して、私はできてないと自分を追い詰めてしまう」
T&E JAPAN 株式会社代表の染谷 江里さん(写真左)。「自分らしく仕事と育児を両立させたい」との思いから同社を起業(写真提供:T&E)
「それでいて普段接する人が固定化されてくると、結局その理想像から抜け出せない。息抜きをしようと外に出れば、『○○ちゃんのママ』という風に子供を介して呼ばれてしまうため、気が休まらない。そういった状況から、なにか自然に解放される場があればいいなと思いました」
学生や会社員、そういった広義な職業とは異なり、かなり具体的な役割を任され、かつ理想を押し付けられやすい「ママ」という特殊な職業。
現在ではSNSなどを通して、より簡単に「理想像」が入ってくるため、余計に息苦しいといいます。そうしたなかでの、内職という共通項で結ばれたコミュニティ。
現役のママに関わらず、高校生から70代の方まで多世代が集まるコミュニティとなっている。(写真提供:T&E)
幼稚園や学校といったママとしての社会的な文脈から解放されているからこそ、誰しもが気を楽にして参加することができるようです。
「ママ」である以前に、一人の職業人であり、また一人の人間としてモノづくりに従事し、商品を介して触れ合いが行われる。コミュニティの真ん中に芯があるからこそ、コミュニケーションも極めて自然に生まれるといいます。
▼ 「他人のため」から「自分のため」に。ママの趣味や特技が増えれば、商品やサービスの幅も広がっていく。
(写真提供:T&E)
「ママ」というレッテルから解放される数少ない場であるT&Eですが、綾瀬の作業所が注目される一方で、西新井にある本拠点では、内職を超えたより広い幅での「解放の場」となっています。
その代表が、ワークショップ。セラピーなどの親子で取り組むものから、リップクリームを作ったりと一人で黙々と取り組むものまで、様々にあります。こうした場を設けている理由について、染谷さんは以下のように語ってくれました。
「内職というと、『商品』なので他人のためのものですが、ワークショップであれば、リップクリームを作ったり、ビューティセラピーをやったりと、あくまで自分のために楽しむことができる点がいいなと思いました」
「もうひとつの理由は、ママさんたちの自立の場になってほしいということ。例えば自分の趣味や特技を生かして、自身で会を開いてもらう。そうすることで、より広く社会に参画する場になってほしい」
子育て中のママの「あったらいいな」という意見をもとにデザインされる商品。仕入れから製造までの一切を日本で行っている。
このような取り組みもあり、足立区が実施する「あだちの輝くお店コレクション」という区民推薦のお店に選ばれたり、同区の企業を代表して公演を行ったりと、行政からも認められる存在になっていったT&E。
とくに足立区の場合、北千住が圧倒的な知名度を誇り、また交通網の拠点であるために、人口や資源が集中してしまう傾向にあるといいます。
そのため、区としてもその他のまちで、とくに地元の企業同士が繋がって盛り上がっていくことを期待しているようで、T&Eのような会社から、区全体を盛り上げていってほしいという意向もあるようです。
区民、行政双方から期待を寄せられているT&E。最近では、培った知恵を活かしてマスクを大量に作ったりと、時勢に対応したモノづくりも行うなど、その取り組みの幅はますます広がってきています。
設立から6年が経つT&E。2019年9月には「ママたちのためのビシネス学校」を開講し、より本格的に自立支援に取り組んでいる。
最後に染谷さんは、子育て世代のママたちに向けて下記のように語ってくれました。
「息苦しくて逃げたい人を、わざわざ引っ張り出して『うちに来て』とは言いません。この場所にここがあるから、苦しくなったらいつでもここに来てと言いたいです」
「インターネットのママ掲示板で書き込むのもいいけど、実際にここに来て叫んでもらっても構わない。モノづくりを通して、一緒に人生を楽しんでいければいいなと思います」
ママという特殊な職業。正解がないからこそ、その余白に色々な理想像が生み出されていくのかもしれません。
足立区の片隅にひっそりと佇むT&E。そこにはいつでも、染谷さんとママたちの明るい笑い声が響いています。
【取材協力】
T&E JAPAN 株式会社 代表/染谷 江里さん
【アクセス】
東京都足立区西新井1-32-11-104
著者:清水翔太 2020/4/22 (執筆当時の情報に基づいています)
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